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金融は経済の血液と例えられる。全国銀行協会のHPにもある。「お金はよく私たちの社会生活における血液に例えられます。」と。しかしこの血液であるが、人工血液というのもある。検索すると分かる。代替血液とも言われる。ips細胞からもできるようである。小保方晴子の万能細胞であれば完璧だった。

もし仮に実用に十分な人工血液が開発されたとしよう。どこかの企業が特許を取得する。もし仮に全人類の血液をこの人工血液に入れ替えたらどうなる。永遠に人工血液で生きて行かれたらいいが、賞味期限というものがあろう。そうなると、全人類はこの人工血液を一定期間ごとに買い求めなくてはならなくなる。人類は血液をある企業に支配される。

実は実際の金融で起きている事はこれと同じなのである。自然の血液は体内の骨髄やその他で作られる。自分の体には自家製血液が流れる訳である。どこからも血液を貰う必要はない。人類も動物たちも自前の血液で生きている。血液とは自前なのである。

経済の血液はどうなっているだろうか。本質民間中央銀行が紙幣を発行する。黒田が大量の万札を刷りまくった。自然の血液では必要な分しか作られない。体が必要を求めれば作る。うまく行かずに貧血症、多血症、果ては血液の癌となる事もあるが。正常に機能すれば必要量しか作られないのが自然の血液である。自前だとそうなる。必要がある所に血液は集まる。血液は体の為に作られ全身を巡る。自然の血液は完全な公共財である。自然の血液は必要とする所に対して金利など取らない。必要のサインが出れば素早く出かけ必要な量を提供する。自然の血液は全身の為に存在する。血液は血液の為に存在しない。

経済の血液も本来はそうあるべきだ。銀行など何も生産しない。街のど真ん中にどでかくある必要はない。役所の一部門で十分である。民間銀行は金融で儲ける仕事である。金融は本来儲け仕事ではない。歴史上金融を儲け仕事にしたのが偽ユダヤであった。人類の経済活動に金融が発生した時、人工血液から始まったのである。ここが神様の作った血液との決定的違いである。人間が作った経済の血液は人工血液の出来の悪いものだったのである。人類の歴史はこの2千年かそこら人工血液経済の上に作られて来たと言える。自前で作られるべき金融血液が偽ユダヤ製血液に置き換えられてしまった。人類の経済社会にとって金融は如何にあるべきかの議論の経過を経る事なく、なし崩し的に人工血液金融が当たり前になった。それは今日人為的なあらゆる不幸災難の元凶となった。戦争は人工血液金融から発生した。自前の血液金融なら何も起きないのに、偽ユダヤ人工血液金融によって巨大な損失を人類は蒙っている。どの国の政治もこの巨大損失に喘いでいる。笑っているのは偽ユダヤ経済権力と傀儡らだけである。

人工血液金融経済社会には民主主義は成立しない。人工血液で生きている政治屋は偽ユダヤ体制から一歩も抜け出せない。日本政治の世界最悪供託金制度は人工血液経済が産み落としたと言える。根が深い。

民間銀行の頂点日本銀行が日本経済を仕切っている限り、日本に民主主義は成立しない。金融は自前でなければならない。金融は儲け仕事に非ずである。民主主義は金融から根本的に作り直さなければならない。金融悪魔とはよく言ったものである。金融悪魔退治と民主主義蘇生は同時である。中露連合の戦いは金融悪魔との戦いである。

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