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安倍が我が軍発言をした時、私はもう二度と安倍はこの我が軍を使えなくなると言ったが、その通りになった。国会質疑で安倍は発言の正当性は主張しつつ、現実的判断としてもう使わないと言ったようである。こんなに騒がれるならもう言いませんって訳だ。私が使えなくなると言ったのも正にこの理由だ。私は常々日本人の平和ボケについて言及している。大抵の場合はこのボケは否定的に言われるのだが、偉大な効用もある。大日本帝国時代の日本も同じように平和ボケ社会であったと思う。ただ、現在と当時では社会的状況が丸で違う。一般国民の心理の状態が違うのである。嘗ての日本は国家権力によって平和ボケ国民がぎゅっと縛り上げられた。大人しい羊の群れは軍国主義日本にとって扱いが簡単なものだった。平和ボケの悪い面が出てしまったのだ。自己主張の無い平和志向は平和ボケとして嘲りの対象になる。

しかし今日の日本は形だけではあるが、民主主義社会である。また有り余る物に囲まれている。嘗てと今では何百年に匹敵するほどの社会的状況の変化がある。今国民は誰でも飛行機に乗って海外旅行を楽しめる。世界のどこにいても携帯電話とインターネットで繋がっている。国民が享受できる情報量は嘗ての何千倍であろう。こんな時、軍国主義など全く浮き上がってしまう。今軍国主義が現実に進行しているウクライナでも徴兵逃れの海外逃避が盛んだそうである。ウクライナは日本に比べたらずっと貧しい。今でこそ日本も貧困率が上がってきたが、国家全体に蓄積された富の量は膨大である。政治がまともになればすぐに皆が普通以上の生活ができる。嘗ては戦争はあってもおかしくない社会的状況があった。国家権力と国民の力の差は圧倒的だった。平和ボケの国民じゃ国家権力に対抗しようが無かった。しかし今は何でもある社会である。国民は政治的無関心でも各自のやりたい事をやれる。自分の世界を持っている。インターネットもマスコミもそんな国民を後押しする。今の時代の国民は政治的無関心でも力を持っている。一たび政治的関心が高まればその力を一つに集中する。要するに今の国民は個々のポテンシャルが嘗てと比べ圧倒的に高いのである。有り余る物に囲まれた国民は力を蓄える事ができる。そんな国民の平和ボケ集団は軍国主義者らにとって最も手強い存在である。徴兵制など全く不可能である。こんな事をちょっとでも漏らそうものなら大騒ぎになる。今日本国民は知らない内に平和ボケを享受し、同時にそれによって自らを守っていたのである。この何十年間かそんな時代が続いた。日本人の平和ボケは今こそ最も強力な自衛戦力となっている。

日本国民はブラックマスコミに騙され洗脳されてどんどん悪い方向に追い込まれているが、平和ボケの自衛戦力は未だ眠っている。ブラック政権はその間にどんどん悪事を働いている。この事は逆から見れば、もし国民が眠りから覚めたら状況はあっという間にひっくり返るという事である。国民の偉大な平和ボケの自衛戦力が活動を始めれば、時代錯誤の軍国主義など一挙に破壊する。安倍の我が軍発言の顛末はこの事を図らずも垣間見せた。

安倍の我が軍は平和ボケ自衛戦力に刺激を与えた。僅かな刺激であるが、それでも効果絶大であった。自衛隊は軍隊ではないという事が改めて確認された。平和憲法は軍隊の保持を禁じている。誰が見たって軍隊の自衛隊を我が軍と言ってはならないのが平和憲法下の日本であり、平和ボケ自衛戦力下の日本である。我が軍とさえ言えない日本をどうやって軍国主義に変えられるんですか、ウマシカ安倍さん。ブラックマスコミのお陰で何もかも上手く行っているように思っていたのだろうが、偉大な平和ボケ自衛戦力は無傷で国民が保持している。結局この偉大な自衛戦力の前で安倍は無力を曝す事になる。

安倍の我が軍は蜃気楼であった。日本国民の偉大な平和ボケ自衛戦力の前では偽ユダヤ経済権力も歯が立たない。あらゆる謀略で計画通りに行ったように見えて、最後にこの偉大な戦力の前に跪く事になる。日本を戦争に導く事はできないのである。もうこれは神の摂理みたいなものである。安倍のやっている事は巨大な徒労という事である。B層と馬鹿にされるB層国民であるが、偉大な平和ボケ自衛戦力の保持者である。

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