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自由と民主主義の国アメリカは不正義の国である。自由と民主主義を錦の御旗にしてきた米であるが、正義を御旗にした事は多分一度もなかっただろう。自由と民主主義は言い易い。キャッチフレーズとして好都合だ。使い易く効果も高い。便利な言葉という事である。自由と民主主義を言っておれば自分はいつもいいかっこができる。米にとってこれは本当にべらぼうに価値ある言葉だった。

しかし、自由と民主主義の如何わしさがばれて来た。アラブの春だのバラ革命だのオレンジ革命だのチューリップ革命だの、米が主導した民主革命は傀儡政権を作る為の謀略だった。こういう事をプーチンが明け透けに言い始めた。ウクライナクーデターもそういう事だった。自由と民主主義を出しにして悪事を働いていたのである。自由と民主主義は不正義によってどうにでも形が変えられた。社会にとって国家にとって自由と民主主義よりもっと重要な事があった。それが正義である。根底に正義が無ければ社会も国家も悪いものになる。

正義なんて強調し過ぎると重苦しいし、悪い奴が正義を振り回す事もある。正義は扱い難い。自由と民主主義を言っていた方が無難だ。しかしそうやって正義を遠ざけていた為に、人類は米の不正義の餌食にされたのである。米が掲げる自由と民主主義に幻惑されて、狡猾な不正義にやられてしまった。扱い難かった正義の価値を再認識し、人類の御旗にするのがポスト米時代である。

正義とは何か。辞書を確認する。第一番目にあるものが最も重要である。

>正しい道義。人が従うべき正しい道理

道義とか道理とかちょっと分かり難いが、私流に解釈すれば、天によって定められた道を歩む事が正義という事であろう。正義は全ての人間にプリセットされている。そういうものはDNAレベルで人間を支えている。不自由で民主主義でない世界でも正義は存在する。自由や民主主義などは歴史も文化もない米にお似合いなのである。歴史や文化は民族というDNAの産物である。歴史文化と正義は意外や近接したものだったのだ。自由と民主主義を振り回しながら不正義を働いてきた米である。歴史と文化を有する国は根っこに正義があったのである。歴史文化は分かり易いが、正義は分かり難い、見え難い。しかし、間違いなく正義は国家社会の底辺に息衝いていたのである。権力は往々にして不正義を為すが、極端な不正義は為さなかったのではないか。歴史文化を有する国ではそういう事になる。歴史文化と共にある正義が権力の不正義にブレーキを掛けるという構造だろう。極端な不正義は自然に消えて行く。歴史と文化のある国ではそういう現象が起きるのだ。

戦後70年経っても沖縄に米軍基地が山積みである。こんな極端な不正義は世界のどこにもない。米だからやっている。70年経ってもまた新巨大基地を海を埋め立てて造ろうとしている。自分は後ろに隠れて傀儡政権に造らせる。実に汚い。本当に凄い不正義である。普天間問題、辺野古問題は米の正体が丸出しになったものである。原爆投下、9・11、3・11、マレーシア機撃墜事件。他にもまだ沢山ある。米の不正義は凄まじい。沖縄問題が表沙汰になればなるほど、米は追い込まれる。こんなとんでもない不正義をやっておいて何を偉そうにという事になる。沖縄問題は安倍政権どころか米のアキレス腱になる。翁長はガンガン行け。勝ちゲームだ。

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