8月15日 各メディア挙って終戦のオンパレード。
管首相の、日韓併合100年と言うことで、謝罪を表明・・・
でもねっ
昭和天皇の玉音放送を聞いていて、今更ながら湧き上がってくるものがあります。
この北海道は、お盆と云うこともあり各地に、観光客やキャンプを楽しむ人々で、溢れかえっているのだけれど
この8月15日で終戦を迎えていたら、今頃、道北や道東と、道央や道南との交流はなくなっていたでしょうし
北海道が都道府県での「道」としては、継承されることはなかった。
ここに、ウズペティア記載を紹介する。
占守島の戦い(しゅむしゅとうのたたかい)とは、
太平洋戦争(
大東亜戦争)末期の
1945年8月18日〜21日に、千島列島北端の
占守島で行われた
ソ連労農赤軍と
日本軍との間の戦闘である。ポツダム宣言受諾により太平洋戦争が停戦した後の8月18日未明、
日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連軍が占守島に上陸、日本軍守備隊と戦闘となった。21日に日本軍の降伏により停戦が成立、23日に日本軍は武装解除された。捕虜となった日本兵はその後大人数もろとも
拉致・
シベリアへ抑留された。その法的根拠は無い。
この日記の場所で、自分が数回紹介したように、この舞台の交戦が無かったとしたら?
北海道は事実上割譲されていたか、北海道自体が共産圏に組み込まれていたことになるはずです。
では終戦後の、北海道に位置付けとは?
開拓と称して、復員してきた人員の受け皿
戦後復興と称して、食糧増産の主役に位置付け
本州の一次産業との乖離を量り、格安の加工基地としての位置付け
これらが、無くなっていたとしたら、戦後の高度経済成長戦略は、数十年先延ばしになっていたのかも知れませんね。
終戦の8月15日を、毎年痴呆のように流し続けることにしか、存在を見出せないメディアでは、致し方ないのかも知れませんが・・・
終戦を考えるなら、開戦をも取り上げるべきであり、その開戦に至った引き金とは何だったのか?
開戦の最大の責任は、国民にあるのは勿論なのですが、国民に情報提供をし続けたのは新聞社であり、国民に国に殉ずることを強いたのは教職員でなかったのか?
北教祖の大会をテレビで観ました。
呆れかえって言葉も出ません。
放送には意図的に操作されている、部分が有ることは承知していますが、それにしても
罪を犯して、反省することもなく。
北海道教育委員会が、実態把握のために調査したことが、不当な介入にあたるとして「アジ」をあげている様は、教職員としてより以前に、社会人として失格の烙印を押さなければならない人種の坩堝。
教職とは何ぞや
公務員である以前に
社会人である以前に
家庭人である以前に
「聖職」であるという自覚がない!!
放送に拘わるものも同意義でしょう。
事実と正義を「大義名分」に
在るものは亡国の走愚となり
在るものは小国民の論理をしゃべり蒔き
在るものは正義と悪事の何たるかも知らず
「森羅万象」含んで「清濁を併せ持つ」度量もなく
只単に、「小賢しい理屈」と「小難しい屁理屈」を正義の言葉と勘違いをし
美しいこの国を崩壊の道へと進ませる。
許し難い元凶
この輩が、第3の権力となったから厄介なのです。
無知は罪であるばかりでなく
無自覚は悪事を千里も走らせる。
歴史から学ぶことは多いのです。
家庭を考えるときにも、歴史をしっかり捉まえて向き合ってこその家族!!
歴史認識のない家庭や地域から、国事を司る人々が出てくるから亡国への途となる。
自身の事ばかりではなく、父母・祖父母・曾祖父母の生きた時代を考える事は、現在を考えるに等しいことだと思います。
そうするならば、この家庭はどの様な家庭であって、どの位置付けにいるのかが判ってくるはずであり、その延長戦上に地域があり国があったと考えると、自身にも関係が近かったのだと思えても来るはず?
無知とは恐ろしいものです。
知らないことが悪いことなのではなく、知ろうとしないことが罪なのだと気付かせなくてはなりません。
社会性にも通じることでしょう。
歴史と国語は、国の根幹であると思うから・・・