昭和の小漁師のプログ

年を取る毎に、心に隙間風が・・・ 打ち出す言葉には「言霊」があり、発した言葉には「言挙げ」が宿るものなのに?

歴史・・・

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歴史を読み解く鈎は、敗者にあり
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イメージ 1
時化になっています。
西風が強くて、雨も少し強い位かな?
堤防から、我が家の浜の倉庫を見下ろして・・・・
他の養殖資材が、洗浄されるのを待っています。
イメージ 2
半分位無くなっていますが、この場所が多くの前浜漁民の養殖資材置き場。

イメージ 3
自分の浜の倉庫
シートで包んでいるのは、養殖籠(10段・50cm・蛙又菱目3分半)420籠です。
水色のパレットは10枚、180cm×180cmのプラスチック製新品
1枚、2万5千円もします。
砂利も資材洗浄に間に合いました。
でも、填圧をしていないので車は砂利の上には危なくて・・・・
リースで填圧機を借りて、砂利を圧縮しないといけません。
イメージ 4
港の岸壁ですが、春からコンクリートを破砕して、この部分の岸壁を撤去するための工事が行われています。
毎日、コンクリートを破砕するため重機が発する音が港全体に鳴り響いています。
重機の運転手さんは、さぞやうるさい事でしょう・・・・ねっ!!
大潮で、強風が岸壁を叩いているので、寒々とした光景になっています。
イメージ 5
堤防から見た、湧別川河口の風景。

7月4日の「ふるさと講座サロマ湖」に向けて編集作業が続いています。

追悼

いつもいつでも
出会うたびに優しい声で
 
数ヶ月に一度でも
 
心に温かい綿毛を運んでくれる
 
周りからどのようにいわれようと
 
いつでも旦那さんの理解者でいた
 
遺影をただみつめて
 
おくることばもみつかりません
 
いてほしい人が
いなければならない人が
いなくなる
 
86さい
 
すきま風が
この身に
心に
 
事務員から漁師の妻になる
70年前の愛しき日々
 
だれひとり
みとるものもない
 
だが
  どの子にも
    せわに
      やっかいになることもなく
    ことばをかわす
  こともなく
つれあいのまつ
ところへ
 
南無!!
 
  大姉!!
 
 

想う

読経の間、ず〜〜〜っと考えていました。
鬱の病気が、快方に向かい、家族が安心してこれからに展望を見出していた矢先・・・
 
年間、この国では3万人にも及ぶ掛替えのない命が、自らの意思で消している現実があります。
 
その一人になった、この方の遺影を前に、悔しさとともに悲しみが胸に込みあがってくる。
 
現在では、決して語られ語り継がれない言葉と戒め
 
 生き方が大切なのではなく、死に方が大切だという考え
 
死に方にこそ、意味を見出さなければならない・・・
 
人は必ず、死に向かって歩みを進めているが、死というのは終わりではなく生の集大成
どのような死を迎えるか?
どのように死ぬか?
死生観とも違う、市井の人でさえ修めていた、生と死の捉まえかた。
 
 いま、なくなった人の遺影を前に、静かに手を合わせるしか自分には方法がありません。
 
野辺の送りに外へ出れば、強風が寒風を伴って身体の温かみを奪ってゆきます。
 
悲しい現実
今朝、02:00頃、芭露地区、御園山の裏手の農場から出火
約80頭の牛が焼失しました、。
 出火原因は、子牛が生まれ暖房にと思ったのでしょう?
暖房の温度が、藁に引火
折からの強風にあおられ、成す術がなかったようです。
 
泥棒は、背負うか抱えるかしかものを持って行けませんが、火事は別物です。
あらゆるものを奪い尽くします。
 
今日は、芭露地区でもう一軒、葬儀が執り行われるそうです。
98歳
天寿でしょうね・・・・

基本条例

昨日、14:30〜役場本庁舎2階で、オブザーバーと初対面です。
正副委員長の打合せに、同席するという処から始まる、基本条例づくり・・・
 
いそがしかった〜〜〜〜
各地の条例の話しから、条例のあらましまで
その中に打合せが入りますから、時間が気になって・・・
丁度、15:20から、ホタテ漁場でのカレイ刺し網の投網が待っていましたから
気が気ではありません。
はなしは、延々と続きます。
 
諦めて、息子に一人で行くように・・・と
 
打合せが終わったのが16:40
一心不乱に立ち戻りたいところに、副委員長から声がかかります。
「湧別高校を考える会」で、会の仲間の会合の時間設定が、皆さん忙しくてなかなか取れないので、どうしたものかという話しでした。
 幾ら急いでいるとは言え、背中を向けて車に乗り込む事にもならず。
20分くらいでしょうか?
 
家に戻って、急いで着替え
港へ船を出迎えに
ちょうど沖に船が戻ってくるのが見えました。
「やませ風」に苦労したでしょう・・・
漁獲は40kgくらい、大外れでないだけ「まし」
倉庫で、一斉に網外し
市場へ出荷するための選別やら、外し終えた網を「たく」(煮物ではありませんよ)
「たいた」網を車に積み込む
終わったのが18:35
「あわくって」着替えをして、会議の会場へ向かいます。
ぎりぎりセーフ
 ほっと、安堵!!
講師の講話を、一般の人に混じって聞きます。
 どうにも話しの中に違和感が・・・
学者特有の、決め殺し的な物言いで、基本条例はこうあるべき・・・・
基本条例の失敗例
失敗の条例にならないために・・・
 なんだこりゃ〜〜〜〜
一つ一つの条例には、確かに不確実なものもあります。
殆どの基本条例が、自分には失敗例だとは思っています。
がしかし、本家本元の日本国憲法自体にも、多くの欠陥事項が含まれている現実がある。
その憲法の枠内で、懸命に歴史を作ってきたのも事実ではありませんか?
その本元を直す言葉もないままに、基本条例を断罪してみせるというのは
自分には許容しがたい言葉に見えました。
 
講師の所要時間を20分以上も使ったものですから、講話が終わっての策定委員会は
議事録の確認作業と、視察研修の周知
10分くらいの意見交換で終えるしかなくなり
自分には甚だ如何ともし難い、時間の無駄遣い
晩ご飯も食べないで、会議を終了した時点で沸騰する頭を冷やすのに
帰る車のなか、ぶつぶつと・・・・愚痴が・・・
 
ふ〜〜〜〜っ

無知

8月15日 各メディア挙って終戦のオンパレード。
管首相の、日韓併合100年と言うことで、謝罪を表明・・・
 
でもねっ
 
昭和天皇の玉音放送を聞いていて、今更ながら湧き上がってくるものがあります。
 
この北海道は、お盆と云うこともあり各地に、観光客やキャンプを楽しむ人々で、溢れかえっているのだけれど
 
この8月15日で終戦を迎えていたら、今頃、道北や道東と、道央や道南との交流はなくなっていたでしょうし
北海道が都道府県での「道」としては、継承されることはなかった。
 
ここに、ウズペティア記載を紹介する。
 
占守島の戦い(しゅむしゅとうのたたかい)とは、太平洋戦争大東亜戦争)末期の1945年8月18日〜21日に、千島列島北端の占守島で行われたソ連労農赤軍日本軍との間の戦闘である。ポツダム宣言受諾により太平洋戦争が停戦した後の8月18日未明、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連軍が占守島に上陸、日本軍守備隊と戦闘となった。21日に日本軍の降伏により停戦が成立、23日に日本軍は武装解除された。捕虜となった日本兵はその後大人数もろとも拉致シベリアへ抑留された。その法的根拠は無い。
 
この日記の場所で、自分が数回紹介したように、この舞台の交戦が無かったとしたら?
北海道は事実上割譲されていたか、北海道自体が共産圏に組み込まれていたことになるはずです。
 
では終戦後の、北海道に位置付けとは?
開拓と称して、復員してきた人員の受け皿
戦後復興と称して、食糧増産の主役に位置付け
本州の一次産業との乖離を量り、格安の加工基地としての位置付け
これらが、無くなっていたとしたら、戦後の高度経済成長戦略は、数十年先延ばしになっていたのかも知れませんね。
 
終戦の8月15日を、毎年痴呆のように流し続けることにしか、存在を見出せないメディアでは、致し方ないのかも知れませんが・・・
終戦を考えるなら、開戦をも取り上げるべきであり、その開戦に至った引き金とは何だったのか?
 
開戦の最大の責任は、国民にあるのは勿論なのですが、国民に情報提供をし続けたのは新聞社であり、国民に国に殉ずることを強いたのは教職員でなかったのか?
 
北教祖の大会をテレビで観ました。
呆れかえって言葉も出ません。
放送には意図的に操作されている、部分が有ることは承知していますが、それにしても
罪を犯して、反省することもなく。
 北海道教育委員会が、実態把握のために調査したことが、不当な介入にあたるとして「アジ」をあげている様は、教職員としてより以前に、社会人として失格の烙印を押さなければならない人種の坩堝。
 
教職とは何ぞや
公務員である以前に
社会人である以前に
家庭人である以前に
               「聖職」であるという自覚がない!!
 
放送に拘わるものも同意義でしょう。
 事実と正義を「大義名分」に
在るものは亡国の走愚となり
在るものは小国民の論理をしゃべり蒔き
在るものは正義と悪事の何たるかも知らず
「森羅万象」含んで「清濁を併せ持つ」度量もなく
只単に、「小賢しい理屈」と「小難しい屁理屈」を正義の言葉と勘違いをし
美しいこの国を崩壊の道へと進ませる。
 許し難い元凶
この輩が、第3の権力となったから厄介なのです。
 
無知は罪であるばかりでなく
無自覚は悪事を千里も走らせる。
 
歴史から学ぶことは多いのです。
家庭を考えるときにも、歴史をしっかり捉まえて向き合ってこその家族!!
歴史認識のない家庭や地域から、国事を司る人々が出てくるから亡国への途となる。
 
自身の事ばかりではなく、父母・祖父母・曾祖父母の生きた時代を考える事は、現在を考えるに等しいことだと思います。
そうするならば、この家庭はどの様な家庭であって、どの位置付けにいるのかが判ってくるはずであり、その延長戦上に地域があり国があったと考えると、自身にも関係が近かったのだと思えても来るはず?
 
無知とは恐ろしいものです。
知らないことが悪いことなのではなく、知ろうとしないことが罪なのだと気付かせなくてはなりません。
 
社会性にも通じることでしょう。
 
歴史と国語は、国の根幹であると思うから・・・

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