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出来事
1887年 - 阿南惟幾、大日本帝国陸軍軍人。
1910年 - ダグラス・バーダー、イギリス空軍軍人。
1917年 - オットー・キッテル、ドイツ空軍軍人。
1914年 - エイノ・イルマリ・ユーティライネン、フィンランド空軍軍人。
阿南は、陸相・陸軍大将に上り詰めた逸材だが、異才の多い帝国陸軍にあってはごく平均的な軍務官僚で、陸相就任以前は目立ったエピソードも少ない。しかし誠実な人柄で人望が厚く、様々に解釈される後述の終戦時の言動も相まって評伝が数多く著されている人物。
バーダーは、イギリス空軍のエースパイロットであり、撃墜数23機でなんと両足が義足で「足無しバーダー」と呼ばれた撃墜王。また戦後、敵であった独軍軍人(アドルフ・ガーランド)と友達関係となる。
キッテルは、ドイツ空軍のエースパイロットであり、わずか583回の出撃で得た戦果が267機を撃墜した撃墜王。最後は対空砲に撃たれて戦死したとされる。
ユーティライネンは、ソビエト連邦との冬戦争、継続戦争で、94機+1/6の撃墜を記録(出撃437回)してフィンランド空軍のトップエースになった人物でこの撃墜数は、100機以上のエースを輩出した第二次世界大戦中のドイツ空軍以外では、世界最高位のものである。
また、その間殆ど被弾したことのない「無傷の撃墜王」であった。7.7mm機銃弾を1発被弾しただけ(その1発も、爆撃機の旋回機銃によるもので、翼にかすって塗装が剥がれただけ)と言われている。上官から士官教育を受けて士官に昇進するように薦められたが、前線で戦うことを希望して断った。
SWでは、エイラ・イルマタル・ユーティライネンのイメージモデルです。(SW編参照)
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