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RHAPSODY(ラプソディ)

イメージ 1「「何が君の幸せ?

  何をして喜ぶ?

  わからないまま終わる、そんなのはイヤだ」」



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わからないよ、わからない
愚か者のあたしには、まだまだまだまだ、わからない







もう10年前になるだろうか、ある心友と、Barのカウンターで肩を並べて
「人間には、太陽みたいな人と、月みたいな人というタイプがあるよね。」 なんて話をした。



「俺は月なんだよ、彼女は太陽。らずる、お前も、月だよなー。」

「うん、そうだ、そうだね・・・・・・あたし達って、本当に幸せになれない奴らなんだよね。」

「・・・(苦笑)そうだな、ホント、そうだな。」


こんな会話をしているけれど、彼もあたしも決して不幸ではなかった、そして今も。
愛する事を知っていて、愛されていて、生きていて、人間らしくて。
こんな会話をしながら、酒をすすっている時間だって、「幸せ」で「優しい」「愛しい」それだ。

不幸じゃないってことが、即ち「幸福である」かというと、そうとは限らない。
逆も然り、「幸福でない」ことが、「不幸」かというと、そうでもない。

そんなことを想ってしまったら、本当に本当に幸せになんて届けない、ってことを当時のあたしは言いたかったんだろうか。


あたしは自他共に認める「幸せ恐怖症」。
ある本に書いてあった、重度の幸せ恐怖症の人は、自覚症状がないんだって。
知らず知らず、自分が、幸せになれないような選択や行動をしているんだって。

あたしは自覚があるから、軽度なのかな。
でも、ある人に言われた。
「らずるちゃんは、解ってて、いつもいつも自分がしんどい方を選んできてるんだよ」って。

マゾヒスト性質、といわれれば、まぁ、否定はできない。
泣いても泣いても次から次へ感情が溢れて乱れて膨らめば、自分の身体にピンで穴を開けたくなるし、
採血だって大好きだし、抜歯されてる時だって、なんだか、たまらないワクワク感がある(笑)

冗談はさておき、それでも、幸せになりたいって、人並みに願う。
心の痛みは、優しく撫でて癒して欲しいと人並みに想う。
大切なモノが手に届かない処に行ってしまう前に、大切だって事に気がついて、大切にしたいと、願う。

でも、自分にとって幸せが何なんだかわからないんだよ。
痛みがない状態が怖くてたまらなかったりするんだよ。
大切すぎて、どうすればいいかわからなくなったりするんだよ。

「これは絵に描いたような幸せのようなモノ」が手に届くところに現れれば、
その<<幸せのようなモノ>>が壊れ往く前に、自分から叩き壊そうとしたくなる衝動は、
制御することができるようにはなったものの、消すことはできない。

「死ぬ瞬間に幸せだった」って思えればいい、ってことを耳にもして、
自分もそんなようなことを思って、納得した気になった事もあったけど、結局、違和感だらけ。


で、半ば開き直りで
「幸せって何?」とか、「何の為に生きてるの?」ってことを考えることを止めたら、
楽になった。
それは、ある意味「幸せ」な事だったりするかもしれない。


わからないことを考え続け哲学をし続ける生き方も在りだと想う。
けれど、考えてもわかることは有り得ないかもしれないことを考えるよりも、
死ぬまでに、

「あと何回、こうして、この人の笑顔を見られるだろう」
「あと何回、あたしの笑顔をこの人に見せられるだろう」
「あと何本の映画とどれくらいの音楽と、どれだけの本と、出会えるだろう」
「あとどれくらい、好きな人に好きって気持ちを伝えられるだろう」
「息子(犬)もあたしも元気なうちに、泥だらけになって遊びたいな」

って、
明日死んじゃうかもしれないけど、
もしも明日が来たら、ラッキーって想って、たくさんたくさん食べて糞して、行こうじゃないか、って、想いたい。

「友達100人できるかな?」なんて歌もあるけど、そんな感じで。
ラッキーな毎日が訪れ続けてバァさんになった時、友達100人いたら寂しくないでしょ。

で、結局、死ぬ間際に「あー、あたし幸せだったわ」って言うのかな(笑)
むしろ、「えー、まだ、死にたくない、もっともっとあれもしたいこれもしたいのに・・・」って、
往生際悪く死にたいな、なんて(笑)。



でもね、こうして自分で書いた記事を読み返して校正したりしてると、
「かもしれない」とか「想う」という表現で、もう、どこもかしこも自己不信に溢れてる・・・。

情けないよ、まったく。


だって、ホント、コインの表と裏と側面と、外観と、内面とが、同時に見えちゃうみたいな感じで、
極端に主観だったり極端に客観だったり、時には、人の主観に暗示されたりしちゃうから、
何もかもが本当で、何もかもが虚像と思えてしまう。

木をみて森を見る。
森をみて木を見る。

それが同時にサブリミナルに見えたら、そりゃ目が回りますよ。

自分が何処にいるのかわからなくなっちゃいます。


だから、いつだってあたしは、あたしの名前を呼んで欲しくなる。
あの子の名前を呼びたくなる。あの人の名前を呼びたくなる。


でも、心が曇ってると、あたしを呼ぶ君の声を聞き逃してるかもしれない。
君を呼んでおきながら、自分で雲に隠れてかくれんぼしてるかもしれない。

ごめんね、
太陽はいつだって、そこにいて、月はいつだって、そこにいるのにね。


明日、晴れると、いいな...。

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あしたは晴れるといいですね。月の光に照らされて松の葉先が光っています。どうにも纏まらない影法師が足元に長く伸びています。大きく息を吸い込んで、いつものように問いかけています。「明日は晴れるか」。

2007/10/22(月) 午後 7:07 「独り言」


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