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wrrten at2006年01月07日
書けませんっ。
今まで、散々書き散らしてきて、
もう書くことなくなっちゃったよ^^;
どうしましょ。
日々変わり映えのない生活だし、日記にならないよー;;
ま、今まで書いてお分かりのように、散々全速力で突っ走って
思いっきりこけた、ってわけだ。
思いっきり走ってて、思いっきりこけたから、かなり痛いね。傷も深いね。
そんなこんなで、年明けて、闘病5年目に突入。
かさぶたになっては、はがれ、また血が流れ、
かさぶたになってはがれ・・・・の繰り返しだったな。
今の状況をあらわすなら、
ちょうど、かさぶたができはじめてるとこかな。
うまいこと、ポロっとかさぶたが綺麗にとれてくれることを祈る。
これを読んでくれてる、そこのあなたも、お願い、祈って!!!
特に宗教もってるわけじゃないけど、
祈りの力ってすごいと思うんだよね。
助けてあげたい人がいて、
でも直接手を差し伸べてあげられなかったり、
そばにいてあげられないのなら、祈ることしかできない。
でも祈りの力はかならず、通じると私は思う。
目には見えないものだからこそ尊い。
目にみえるから、依存してしまう。
見えなければ信じる事ができる。
祈ろう、今日も。
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病気との付き合いも7年目に入ろうとしている今
2007年10月29日(月)
祈りのチカラを知るその時は
己の無力さを思い知る時
己の無力を知り、祈る両の手を握れば
壊れる前に壊す無意義を回避できる
それは、
壊れゆくものの崩壊を、
できるだけ美しい状態で傍観できるかもしれないってこと。
壊れるべきでないものを、
大切に大切なものにできるかもしれないってこと。
大切なものが大切に想え過ぎて、
大切にデキナイなんて、
哀しいね、苦しいね。
でも、大切に出来なくても、
大切に想っていてよ。
君がそんな想いを抱える事のできる
「「人として歩く場所を道」」を守る為、
煩悩を捨てて無為に入る事ができたなら、
それは愛ですか...?慈悲ですか...?
エゴですか...?
わからないから祈る...
やっぱり、どうしても、あたしは無力だよ
転載元「「終身刑の部屋」」http://kuromamerzl-202.seesaa.net/article/63261127.html
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