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特別じゃない子の特別

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柔道の良さは色々あると思います

辛くても地道に稽古、修練を積むことで身体も心も強くなる

身につけた技を競い合って勝つ喜び、負けてもくさらずに明日への糧にする成長

我が家のジャガイモ君1号は輝かしいものは何も残せませんでしたが、親父にとってはこの青い柔道衣が集大成です

もちろん普通に買う事も出来ますが、所属大学のマークが入った柔道衣は、もしかすると選手になれたかも知れない「可能性」の証ですもんね(笑)

一安心です

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イガグリ頭にされて笑っていた柔道小僧だったジャガ1が本日運転免許試験に無事合格しました

大学4年生の就活真っ只中ですが何とかかんとか生きて行く目星を付けてやれた気がします

もっとしっかりした親父なら楽をさせてやれたでしょうけど、しなくてもいい苦労も彼を育ててくれはず?

一先ず大学卒業の目処が立ち、就活でも職種はどうあれ彼なりに希望を持って働けそうな会社から内定を頂いています

これに運転免許があれば大概の事があっても生きては行けますね

今月末の体重別の試合を観せて貰ったらヘボ親父はお役御免でいいてすよね?(笑)

もうすぐ…

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勝つ気無いのか?
敗けて悔しくないのか?

柔道やっててそんなヤツ居ます?(笑)

レベルが違い過ぎるのは分かっていましたが「好き」なたけでは畳に上がる事さえ出来ない主務、尻拭いの為に柔連に自転車を飛ばす暮らしももうすぐ終わります

多分、今のジャガ1は柔道が嫌いです(笑)

それでも8月末には、家族全員で支えた4年間の結果発表としての試合に出てくれます

就活や自動車学校で殆ど稽古をしていませんから大した柔道にはならないでしょうね

それでもいいんです

本人も家族も慣れっこだもの(笑)

学生柔道にまで進ませて悪かったなと思います
今月の始めに娘氏のご機嫌伺いに八王子へ行った時の話です

実はママにも内緒の目的がありました

俺にとって八王子は幼い頃に姉のように育ててくれた従姉妹が住んでいる町です

親父には俺が生まれる前から外に彼女がいて、それを俺達兄弟に日々呪い聞かせるお袋と、自分を見失ってもがき苦しむ心を持て余した俺は何かと言っては「姉ちゃん」の所へ逃げて行きました

中学の頃は上野駅まで4時間ちょっとに中央線で50分くらいかけて行きましたが、高校生になるとオートバイで途中福島県や群馬県辺りのワインディングで遊びながら…(笑)

姉ちゃんも旦那の「兄さん」も何も聞かずに受け入れてくれました

何時しか友達が出来て八王子・多摩地区で最大の「仲間達」にも入れて貰ったり…

長くなりましたが、散田町の外れの二階建て三軒長屋の真ん中で、角が八百屋さんで反対隣は布団屋さん、西八王子駅からめじろ台団地へ続く下町風情の残る懐かしい町を訪ねるのが本当の目的だった訳です

所々面影があるような無いような街道を辿りながら段々近づく街並み…

あれ?道路は間違うはずもないのに全く別の町です

25〜26年ぶりだもんなぁ

この交差点のはずだ!と曲がって向かって行くと…あ、ありません…懐かしいはずのコロッケの匂いがするボロい肉屋どころか小綺麗なアパートに建て替わっていました

未練たらしく近所を走ってみても、俺の思い出にある風景はカケラも残っていないのです

一昨年の11月にお袋が亡くなった時に久ぶりに電話して2人が離婚していたのを知ってはいたけど、その後やり取りをする事もなく過ごしてしまったので、姉ちゃんとも今は他人になった兄さんとも会えなくなったし…

60才になろうって歳になっても「あそこへ行けば…」なんて甘っちょろい気持ちが何処かにあったんです

ジイちゃんバアちゃんとの思い出の丸森町と八王子は、ずっと俺の心の故郷だと思って生きて来たんですがね

人も町も人生も、うっかりしていると知らない内に移ろうものなんですね

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可愛い可愛いジャガ1を札幌へ行かせたのは、柔道を続けながら参段・C審判・C指導者そして教職を取らせる為でした

元々が宮城県でもそこそこ止まりの選手でしたし本人の気持ち的にも全国がどうこうではありませんでしたが、生涯スポーツとして柔道を身近に生きて行く道しるべになるかな?と親父なりに考えたからなのです

まぁ、そうそう田舎親父が思うようには世の中も息子もなっていないんですね(笑)

選手としては早々に見切りをつけられて主務として頑張っている中で、大学の体育会や柔連との手続き交渉などを何時の間にか1人で受け持つ事になり、道場での稽古も思うに任せない所か勉強やプライベートの時間まで忙殺されるように…

とは言えレギュラーだった先輩方でも努力して教職を取った人もいる中で、ママとの約束を守れずに諦めたのは本人の気持ちの弱さと基礎学力的に無理だったみたい

主務で頑張る姿を見ていて下さった方々のお陰で「不思議な参段」にはなれましたし、大会で開会閉会宣言をさせて頂いたのは望外の喜びでした

Cの審判と指導者資格は秋以降に必ず取るけれど本人の柔道はどうやら大学止まりにするつもりらしいのは二つ目の読み違いですが、どうしても競技としての柔道には気持ちが向かないのは残念でもあり彼らしくもあると認めてあげようと思います

それでも社会に出てからどんなご縁に恵まれるか分かりませんから、薄ぼんやりと楽しみにしていたいですよね

そんなジャガ1も4年生になって就活で札幌と仙台や東京を行ったり来たりするようになり、今の所3社の内定と神奈川方面の県警(笑)の一次試験に通っています

後何社か受けてみたい会社と、仙台での柔道を通じてお話を頂いている所があって色々考えているみたいです

ところで最近Twitterで中学高校の先生方の部活動による負担の話を知りました

俺自身、学校へ通っていた頃には部活動は当然の事でありましたし、そこには顧問の先生がいて下さるのは当たり前だった訳です

中学ではジャガ1も2も3も、疑う事なく柔道部に入って顧問の先生の指導のお陰で楽しく柔道を続けましたよね

強くなる為には毎日稽古させたいのに、やれ試験休みだの先生方の会議や研修だのと何やかやと稽古が出来ない日があったりする度に親子でイライラするくらいでしたから、夏休みなどにも毎日学校へ行って練習する事に何一つ疑問を持ったりしませんでした

でも言われてみれば先生方にも生活も家族もあり、会議や研修の前に日々の授業の準備も下調べも小テストの作成も提出書類の山だってある訳ですね

ブラックですよね(笑)

土曜日も部活動、日曜日祝日には試合、勝てば子供達の頑張りで負けたら「もう少し指導の内容を考えてもらえないかなぁ」なんて、どれほどの負担を先生方に背負わせていたのかと恥ずかしくなります

連綿と続いてきた部活動の連鎖の中で、我が家のジャガジャガ達は本当に先生方のお陰で幸せな時間を過ごしたけれど、その陰では先生方の口にも顔にも出さないご苦労があったのを60才を間近にして知りました

正直言ってそれ以来は、ジャガ1が教職を諦めたのも丸っきり悪くもなかったかと思い直したりもしています

もちろん親の甘さです(笑)

本人の柔道への気持ちはどうあれ、色々な人のお世話になりながら続けてこれた柔道ですから、先生にはなれなかったし、今となってはなれなくて良かったかも知れないけれど何かの形で柔道への恩返しはして欲しいかも?

特に学校の先生方のご苦労や深い愛情に恵まれた事への感謝だけは忘れずに生きて行ってもらいたいものです



内定セミナーの為に昨夜の飛行機で帰った来るなり「腹減った!」と言うのでCoCo壱に連れて行きました

ビーフカツカレーのご飯700g盛りと蒸し鶏とニンジンのマリネのウインナーのせサラダがあっと言う間に飲み込まれました

次にはビーフカツ3枚のせにしてやりますかね?(笑)

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