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 いつものダラダラ更新のせいで韮山城の紹介が年明けに残ってしまいました。

 こんな感じで今年も続くと思いますが宜しくお願いします。

と、言う事で10年目に突入しました当ブログの本年初回は韮山城2の続きになります。


イメージ 1
三度登場の案内図です。
 
 今回は、天ヶ岳山頂部から「土手和田砦」へ向かいます。
番号はでは 6と 10から14番 になります。


このルートは基本的に山頂から尾根道を下るだけ・・・なんです。 
 聞くだけなら楽な道程に思えるでしょう。

 しかしながら、このルートで「土手和田砦」への訪問は勧められません。 
 と 言いますか このルートでは危険です。

「土手和田砦」への訪問なら麓から登って下さい。 今回は駄目な例の紹介です。


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6の天ヶ岳山頂土塁脇から 尾根道を進みます。
もうスタートからロープを掴まりながらの移動です。

道がかなり斜めになっているのが判りますか? 油断すると右側の崖下に転落します。 


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そして、10の辺りの大堀切に到着。

 このルートは極めて強気に設定されており、堀切に向って鋼線がプラっと垂らしてるだけ。
 
大堀切を垂直降下するアトラクションか何かですか?


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 嫌な予感がしたので戻るべきか少し考えましたが、好奇心が僅かに勝り降りてしまいました。 結局こうなるんです。
 
 画像は鋼線を結わえてある切株の所で小休止中に見上げて撮影したもの。
 
 ここ、危ないです。
 
 普通の鎖場なら足元は岩場が多いと思います。 
ここは砂状の土質で足を掛けると崩れるんですね、全然踏ん張りがきかない。
 
 つまり腕の力だけで降りろと言う仕様、おまけに切株もグラついて固定の意味を成しておりません。


イメージ 5
無事通過して 大堀切を振り返って撮影。
 戻ろうにも登れないだろうなぁ〜 と思いながら。


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大堀切を抜けるとしばらくは単調な尾根道を下る事になります。


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所々 踏み跡が消えかけてます。


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11の辺り。「和田島砦」と「土手和田砦」との分岐点。
画像正面が「和田島砦」方向の支尾根道。


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こっちが「土手和田砦」方向の支尾根道。


イメージ 10
「和田島砦」方向に進むとすぐ現れる巨大堀切。

これは堀底から撮影。
 法面が崩れやすいので降りる際は注意が必要。 往時よりも崩落が進んで堀切が巨大化してるかも知れません。


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底の方は岩盤を削り込んでますね。
 ここで「土手和田砦」方向に戻ります。


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12辺りの小郭。 土塁が良く残ってます。


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麓の中学校が見えます。


イメージ 14
12の郭先端部。 

もうこの辺りはかなりの荒れ放題。
正面は巨大土塁なんですが・・判らないですよね。


イメージ 15
その先は・・・道が消滅してます。
 
 ここで引き返えしても、あの垂直降下大堀切は登れない戻れない・・
 
 もう前進しかないでしょ!
と短絡的に笹藪へ突入したのですが・・これが大失敗。 

 頭を冷やして考えれば「和田島砦」方面の支尾根を進めば難なく帰れたかもしれませんが、この時はとにかく突っ込んでいった訳です。




イメージ 16
それから30分程さまよって どうにか13の「土手和田砦」のここに到着。

 途中 道は全然残ってませんね、濃密な笹藪の中を尾根を頼りに進んだだけで写真を撮る余裕もなし。
 
 迷う危険あり、ここは駄目です。


イメージ 17
こんな所を突破してきました の画像です。
 樹木よりも厄介なのは竹と笹、濃密な生え方で視界を遮ります。


イメージ 18
いらない苦労をして到達した「土手和田砦」は非常に良く整備されてました。
 藪もないし見学しやすいですね。
 石積み造りの畝堀が大変素晴らしい。


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もう一枚 掲載。
韮山城主郭部にも劣らない遺構と思えますね。
 
藪で格闘している間に 日がだいぶ落ちてました。


イメージ 24
畝堀の畝をアップで撮影。


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この畝から郭内部へ登るようです。 
畝と土橋を兼ねているという事でしょうか。


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登って 畝兼土橋を撮影。


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郭内部の様子。 
 高低差のある幾段かの広大な郭で構成されてますが特に特徴はありません。 強いて挙げるならその広大さですかね。


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畝堀の反対側の段郭を降りてみる事に。


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最下段の郭には神社がありました。
案内図にあった水神宮でしょうか。


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参道を降ります。


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無事 麓に戻ってこられました。
「土手和田砦」へは、この階段からがお勧め。


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駐車場へ戻る途中に撮影した 天ヶ岳全景。


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こちらは寄り道です。
14の辺りにある 「遺跡 蛭ヶ小島」 石碑にあるように源頼朝公の配流の地です。


イメージ 30
そして その説明板。


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内部はちょっとした公園施設と移築した古民家が建っております。
 蛭ヶ小島の遺構というものは残念ながらありません。 

 もっともここが蛭が小島だという根拠もないようですね。 
あくまでも蛭ヶ小島のようです。


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最後は 蛭ヶ島の夫婦像で締めくくります。  


所要時間 4時間半 

韮山城の評価は 5 とさせて下さい。

 良く整備され見学しやすい主郭部と、真逆の天ヶ岳砦群の攻略難易度。 
韮山城は両極端な整備状況を持つ城郭遺構です。
 
中世城郭に興味のある方には主郭部と天ヶ岳をセットで訪問されると満足度も高まるでしょう。
 特に天ヶ岳砦群は険しい山岳城郭に匹敵するほどの 歯ごたえ があります。 

 韮山城2 で少し触れましたが 縄張りの設計にはやはり「浄福寺城」との類似性が感じられてなりません。
 
 韮山城の現状遺構が1,590年の豊臣軍との戦闘時の状態ですから、浄福寺城も同じ時期の遺構じゃないのかと、 これは蛇足ですね。

 城郭の整備に関して、欲を言えばもうちょっと案内標識が充実していると良いのですが・・・この界隈で観光地と言えば「韮山反射炉」が第一で、韮山城はその次の次??位 の扱いでしょうから中々整備には力を掛けられないのでしょうかね?







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    黒鍬さん、明けましておめでとうございます。さっそくナイスな苦難と砦の公開、興味深く拝読させていただきました。6年ほど前に天ヶ岳は行ったのですが、土手和田砦は行きませんでした。時間つくって畝堀、見に行ってきます。そう浄福寺城も行きたいです。
    今年も記事楽しみにしております。

    [ えいき ]

    2019/1/5(土) 午前 6:16

    返信する
  • 明けましておめでとうございます。

    砦群は難関だが、重要な防御となってるようですね。
    四方に伸びた尾根全部に砦があるのでは?
    薮こぎ、身につまされます。
    自分も時々本能に負けて無茶することがある。
    気をつけなければ!

    自分が言うのもなんですが、
    無理しないでください。
    命あっての物種ですよ。

    実は昨日も有名な城跡ですが、観光客が素通りする場所に踏み入ってました…。

    馬《●▲●》助ヒヒーン♪

    [ 馬秀のすけ ]

    2019/1/5(土) 午前 10:43

    返信する
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    えいきさん 明けましておめでとうございます。
    苦難と言いますか無謀と言うべきでしょうか、考えるのは進んでからにしようする傾向がありますね。
    今年も拙ブログの駄文にお付き合い頂ければ幸いです。

    黒鍬

    2019/1/7(月) 午後 11:49

    返信する
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    馬秀のすけさん コメ有難う御座います。
    主要な支尾根の先端部には砦は配置されていたと考えていいと思います。
    藪で彷徨っている間ですが、確かに無茶でしたね。最近は少し戒めてます。 特に日没時間が近づいていたので少し焦ってました。
    焦りは禁物ですね、判断が怪しくなります。

    黒鍬

    2019/1/7(月) 午後 11:53

    返信する

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