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友人の死で、人の生き死にということに、つい心が向いてしまいます。
そしてこの命題についてなら、 司馬遼太郎さんを基準として考えることにしています。
司馬さんに魅せられて、ほぼすべての文庫本は揃えました。
「長州武士の肝っ玉お見せ申す」として決起し、明治維新への回天の原動力となった高杉晋作は、「世に棲む日々」で知り、その心意気に心酔し、豚児3には、「晋」の一字を頂きました。
坂本龍馬の「龍馬が行く」は、学生時代から数えて何度か節目の難儀な時に、読みふけり、何とか局面を越える糧の一つとさせて頂きました。
真に、日本の国民文学者として尊敬すべき人であり、天才とはなにか、という問いに対する答えに値する人です。
この司馬さん、紀伝体による歴史叙述を発明した中国後漢時代の史家『司馬遷に「遼に 」及ばない,という思いから、このペンネームにした』というほど謙虚な方です。
私が、司馬さんの後継者として今夢中になっている井沢元彦さんは次のように述べています。
『司馬氏は日本人というものの不可思議さ、日本史のもつ独自性といったものを、きわめてわかりやすい形で我々に示してくれた大作家であった。その突然の死によって、日本人が失ったものは限り無く大きい』(逆説の日本史・4・中世鳴動編・あとがき)
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