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「日本」という国号が、初めて明記された文書は、文武天応が701年に制定した大宝律令であった。
また、外国の文書では、702年に遣唐使が中国へ遣わされた記事のなかに「日本」という国号が使われている(旧唐書、新唐書、唐歴)。
かくして「日本」という国号が、どんなに遅い見方をしても701年には、成立していたことは疑いようのない事実であると言うことが出来る。
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大海皇子が飛鳥浄御原宮で、即位して天武天皇となったのが、673年でした。
その飛鳥浄御原宮は、南北800メートル、東西500メートルと推定され、その南限は、「犬ヶ瀬」と呼ばれる谷になっているとされていますから(「飛鳥」和田あつむ)、私の住居もこの飛鳥浄御原宮跡に含まれそうなのです。
そうすると「日本」という国号は、飛鳥・明日香のしかも私の住まいの近くで、生まれたということになります。
飛鳥は、日本人のこころのふるさとですが、更に国号もここから発したということを改めて確認しておきます。
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689年に施行された飛鳥浄御原令において、国号「日本」が制度的に定められたというのが、網野善彦氏の見解です(「日本社会の歴史」(上)・108P以下)。
この記述を見て、余りに、国号「日本」が身近にあるものですから、調べてみることにしました。
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さすがにお彼岸まで後1週間となると、飛鳥の秋を代表する彼岸花が散歩中にも目をひくようになりました。
まだまだ始まったばかりですが、これから月末にかけて、飛鳥の畦道は、赤く彩られて行くことになります。
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吉野温泉 元湯は、自宅から30分のところにあります。
大変良い温泉という印象でした。
吉野温泉元湯 ホームページより
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