熟年夫婦の明日香村移住日記

05年にしぐれさんと憧れの飛鳥に転居した、元東大全共闘、ムラ弁護士のカキシャンの文化に目覚める日記

日本のこころー中西進・上原まり

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3月1日の、広島での歴史シンポの翌日は、中西進フクロウ先生とともに、「ふくろうの会」の宮島・厳島神社見学が企画されています。

カキシャンの見たいところは、言うまでもなく、神仏習合のありよう。

宮島の観光案内では、こうなっています。


わが国では仏教の伝来以降、日本古来の神々と仏を結びつけ、仏や菩薩が人々を救うために様ざまな神の姿をかりて現われるという本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)が広まり、神仏習合が進展。神の島・宮島でも明治元年の神仏分離令までは、神社と寺院が密接に結びつき、独自の文化を築き上げてきました。島内に点在する数多くの神社仏閣を巡って、さらに深く宮島の歴史に触れてみてください。    
五重塔  清盛神社  豊国神社(千畳閣)  光明院  大願寺  宝寿院  大聖院  徳寿寺  多宝塔 真光寺  大元神社  存光 等の神社仏閣があるそうです。

カキシャンとしぐれさんは、フクロウ先生のこの歴史シンポは、年中行事としようと決めています。

今年は、そういうお友達を相当お誘いしました。

参加希望の方は、0744−54−5661(飛鳥京法律事務所)までご連絡ください。

学生無料の歴史シンポ

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この歴史シンポでは学生無料の制度も取り入れています。

教育者・フクロウ先生らしい心配りです。

学生諸君には、深い感動と衝撃を受けること間違いないシンポだから参加することをお勧めします。

カキシャン的な表現を許してもらいますと、「生きている天才」と同じ会場の空気を吸ういい機会であると申し上げておきましょう。

もちろんうちの豚児にも強く勧めています。

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毎年開催されるANA歴史シンポジウムの今年の開催地は、広島で、「安芸文化の輝き」と題されました。

パネルデイスカッションは、「世界の中の平家物語ー心の遺産として」です。

驚くべき我が祖先の人類にとって当時としては希で、現代日本と世界にとって新たに重要な意味づけを持ち始めた「平家物語」の意義をお聞かせいただけるものと今から興奮します。

特に中西先生の御説が重要だと思います。

また、特筆すべきは、我が上原まりさんも、十八番の「平家物語」琵琶をご披露いただけることです。

そこで、このお二人のの結びつきに関するカキシャンのブログを引用しておきます。



中西、井沢、上原各氏の接点 − 不苦労物語 59
2007/3/21(水) 午前 5:08日本のこころー中西進・上原まりその他文学  

井沢元彦さんは、「逆説の日本史 8」で、現代は、室町時代が終わろうとしている,と言う考えに賛同され、「文化で区分するなら現代はまだ「室町時代」で、それが変化しょうとしている、ということなのである。」と指摘されています。


カキシャンの尊敬する日本学の中西進先生も、南蛮文化によって影響されることを特徴とする室町時代から始まったいわば「知」の文化が、今や終わり、次なる変化の数世紀(27世紀ころ完成か?)に向かってゆりかごに揺すられ始められているのが、現代だと指摘されています。

新しい数世紀は、いわば「意」の文化の世紀として特徴付けられる、とも仰るのです。

ちなみに,飛鳥時代から始まり平安時代に完成する文化は、中国・朝鮮の東アジア文化に揺すぶられて、独自日本文化を構築した、いわば「情」の文化の時代と特徴づけられるそうです。

そして、この「情」の世紀が、平氏の滅亡によって劇的に終了したことを日本人は、深く心に止めて忘れがたく、ために「平家物語」として、語り継いできたと仰るのです。

平家物語の、現代の最も魅力的で、美しい語り手・上原まりさんと中西先生のお考えの接点が,こんなところにあるのではないかな、と思っています。



ちなみに、次に引用する上原まりさんに関するカキシャンのブログの「楽しい計画」にはこのお二人のコラボレイトが含まれておりましたことを明らかにさせていただきます・・・ニヤニヤ。


上原まりさんについて楽しい計画 ー 不苦労物語 52(枝道)

2007/3/7(水) 午後 6:49日本のこころー中西進・上原まりその他文学  


この日の集いでは、上原まりさんの公演がありました。 

上原まりさんの筑前琵琶による平家物語の静で、義経の妻・静御前のことを語ったものです。 

日本の歌謡の原曲の一つであることは、すぐに見当がつきますし、上原 まりさんが、ただ者でない芸術家であることは、無骨なカキシャンでも分かります。 

しぐれさんなど、琵琶の最初の音色を聞いただけで、感動して、涙ぐむ始末です。 

このようにただのファンから、”お気に入り”になった上原さんですから、しぐれさんと二人で、我々なりの”たにまち”をしょうと楽しい計画を実行することにしました。

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作家の五木寛之さんが「鬱の時代」に、情を見直し、情の中の「慈」(非常に頼もしい、堂々とした明るい励ましの愛情)と「悲」(何も言わず相手の痛みを共感しようとする、思いやりに満ちた愛情)を区分し、これからは、「悲」の愛情を特に大切にすることの重要性を述べておられます(週間ポスト2008.1・18号)。

現代を「合理主義、個人主義を掲げて走り続け、家族の情をジメジメした湿っぽいもの、口に出すのも恥ずかしい古くさいものとして置き去りにしてきました。その結果、乾ききった社会を作り上げてしまった」と認識したうえでです。

中西先生は、日本史の大きな時代区分として、平家物語に特徴的なように、平家の滅亡をもって、「情」の時代が終焉し、鎌倉武士社会以降今日までを「知」の時代と定義されておられます。そして、次なる時代を「意」の時代と考えておられるようなのです。

知情意とまとめられるこの言葉のうち意とはなにを指すのでしょう。

まず知情意とは、知性と感情と意志。人間の持つ三つの心的要素、と広辞苑は記しています。

そして、意志については、「道徳的評価を担う主体。理性による思慮・選択を決心して実行する能力。知識・感情と対立するものとされ、併せて知・情・意という」と記しています。

思うにこれまでは、知識の発展を優先し、情の世界を軽視してきたことを反省し、人類は、これらの統合としての意志の世界の構築の時代を迎えようとしているということなのでしょうか?

今ひとつ確定的には捉え切れてはいないのですが、鋭いお二人の考えが方向性を一致させているのではないかと思い、しるしておきます。

前記中西理論が出現した以上、これを体感しない手はない、と考えるのが、その筋の「すじもの」としては当然のことです。

かくして、この22日,榛原美榛苑に集合し、早朝からかぎろひをみるため、「かぎろいの丘」に上ります。 もちろん御大のふくろう大先生のご先導付きです。

遠くは関東から結集する皆の衆や、声を掛けた奈良のお友達とともに、この手の好き者へと変質しつつある武骨のカキシャンもいそいそと参加する予定です。

なお今年の冬至は22日ですが、スケジュールの関係で1日ずれたそうです。

そして、いうまでもなく事務局で笛を吹きまくったのは、なにを隠そう、ご存じ しぐれさん。

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