熟年夫婦の明日香村移住日記

05年にしぐれさんと憧れの飛鳥に転居した、元東大全共闘、ムラ弁護士のカキシャンの文化に目覚める日記

日本のこころー中西進・上原まり

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6月24日 万葉文化館で、中西進先生の講演がありました。

素材は、柿本人麿の安騎野行での歌でした。

この歌が生まれた日については、陰暦と宇宙学から持統6年11月17日だという説があるそうですが、先生は、ずばり当時の人々の信仰と自然観等の考察をもとに、この安騎野行は、冬至の日であると断定されました。

冬至とは太陽がもっとも衰え低くなるときであり、この日を境に次第に太陽が勢いを増す日でもあり、ために冬至をもって生命の復活の日ということが広く信じられていたそうです。

持統天皇の孫である軽皇子が父の草壁皇子の疑似墳墓とみたてた安騎野に行き、父を偲び、復活を願った様を読んだのがこの歌である、という解説でした。

他に万葉研究者も参加されていましたが、かかる中西先生の説得力ある独創意見の前に、現代万葉学が、1 現代感覚による考察にすぎ、2 文字や歌の「技巧」解釈学であったのではないか、と早速反省の弁が聞かれるなど、聞いていて天才が既存知識を破壊して新しい知識体系を築いていくというのは、こういうことか、といたく感動いたしました。

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海中禊ぎ

夫婦岩とご来迎に向けて祝詞を唱和します。

然し、今年は、あいにくの曇りでご来迎は眺められませんでした。

この行事に参加したジャーナリストのご存じマッツアンは、まるで熱心な神道信者に見えましたが、実はなにもかも初めての体験だったそうです。

なによりも人にまさる好奇心の持ち主(のぞき見主義)で、犬のように情報をかぎまくる人こそ良きジャーナリスト、という定義からすれば、かれは合格ということになります。

今回の二見紀行の一切を取り仕切ったマッツアンに感謝。

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6月22日 午前4時 いよいよ海中禊ぎの行事が開始される。

1 神社前の広場に集合

2 祝詞風のかけ声をかけつつ入念な準備運動がなされる。

3 いよいよ階段を下りて海辺に

4 徐々に海の中、夫婦岩方向に移動

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 6月22日午前3時30分頃から神社において神事が行われ、海中禊ぎの参加者を始め、全国から集まった多くの人々が神事に参加しました。

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伊勢・二見浦 二見興玉神社

神社の祭神は、猿田彦大神です。記紀によれば、天孫降臨の際、道案内をされました。
蛙は、大神のお使いとされ、神社と周辺で多く祀られています。

中西先生の前記著書によれば、蛙は、冬に冬眠し、春に目覚めるありさまが太陽を招き寄せる動物と見られてあがめられてきた、と説かれています。

6月22日夏至の日、カキシャンらは、午前3時にホテルを出発し、二見浦に向かいました。しぐれさんは、眠れず、結局徹夜でした。


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