熟年夫婦の明日香村移住日記

05年にしぐれさんと憧れの飛鳥に転居した、元東大全共闘、ムラ弁護士のカキシャンの文化に目覚める日記

天才?井沢日本史を読んで

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司馬遼太郎と天才論

司馬遼太郎さんが取り上げた歴史上の人物は、概ね天才です。中でも、司馬さんが強調したのは、軍事的天才のことでした。

軍事ほど天才が生じることの少ない分野はない、という観点のもとに、義経を世界レベルの軍事的天才と明言して小説に書かれました。。

日本海海戦の勝利の立案者・秋山真之についても、天才としてはっきり位置付けていたように思います。

軍事ではない分野では、空海については、天才と明言されていたように記憶します。

そして、当の司馬さんご自身が紛れもない天才であったとカキシャンは思います。

司馬さんが生きておられたときにその天才に触れることができなかったことが悔やまれます。

今後、生きている天才を発見できたら、出来るだけ追っかけたい、というのがカキシャンの一つの総括です。

井沢さんの天才論

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逆説の日本史 9(427〜428p)で、井沢さんは、天才論を論じています。

そこで「天才とは、誰もが思いついても不思議はないのに誰もが思いつかないことを、唯一発見する人間のこと」と定義されています。

「その発見以降はそれは「当たり前」になって、一人の天才がそれを発見したこと、つまりその業績が忘れられるということになる。」とも指摘され、その例として、先述した織田信長の長篠の合戦をあげておられるわけです。

人間の社会活動に関する天才論としては、とても参考となる考え方だと思います。

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逆説の日本史9で井沢さんは、次のように独自の見解を述べています。

長篠の合戦は、織田軍と武田軍が激突した合戦で、戦国一強いといわれた武田騎馬隊を織田軍が馬防柵と3000挺の鉄砲で粉砕し、鉄砲の優位性と織田信長の天下取りを決定付けたとされる、日本史上最も有名な合戦です。

この時、織田軍の鉄砲隊は、当時の火縄銃では、連続発砲が出来ないため、3列の備えを敷き、一隊が射撃する内に他の隊は射撃準備をするという方法を採って、武田騎馬隊を撃滅したとされているわけです。

こうした鉄砲の使い方に信長の天才性を認めることは、既に常識なのですが、井沢さんは、更に考察を進めています。

確かに鉄砲の破壊力は、すごいですが、しかし、当時は火縄銃ですから、3列に別れていても機関銃のような連続発砲と言うことは不可能ですし、走る騎馬に命中させることもそんなに簡単なことではない、ということから、井沢さんの独自の考察が始まるのです。

そのヒントは、蒙古襲来の時の絵(画像)にありました。絵では、日本の武士の乗った馬が暴れているようすと蒙古軍は、矢を撃ちかけている姿のみが描かれていますが、実は、この時蒙古軍は、「鉄炮 」という手投げ弾を使用しており、その爆裂音に驚いた馬が暴れているのだそうです。

そもそも馬は、感覚に鋭敏な動物で、戦場でも大きな音を聞くと驚いて暴れてしまうことが多いそうです。そのため明治以降の軍馬は、特別の戦場訓練を施していたそうですが、長篠の合戦の時の馬は、何しろ3000挺の火縄銃の一斉発砲という日本史上初めての爆裂音を聞かされた訳ですから、その驚きは大変なもので、こうして進みを止めて混乱する武田騎馬隊を、狙い打ちにすることによって、織田軍は勝利を得たのであろう、と言うわけです。

火縄銃の音による馬の混乱を見抜いていたであろうところに織田信長の天才性があったという井沢理論の独自性がここでも認めることが出来ます。

倭寇の真実

逆説の日本史 9を読んで

カキシャンの先祖は、瀬戸内海の塩飽海賊(水軍)であることはまず間違いなく、従って中国に倭寇として出張っていたものだとこれまで考えておりました。

 倭寇によって滅ぼされたと言われる明ですが、しかし、井沢さんによれば、この「倭寇」のうち本物の日本人は極めて少なく、その内実は、倭寇を名乗った中国窮民がほとんどであったことが、中国自身の資料で証明できるようです。

 かといって真の日本人倭寇がいたことも間違いないようですので、この点は間違えてはいけませんが、歴史の真実に向き合う姿勢をしっかり持たなければいけないな、と再認識しました。

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室町文化の終わり

「逆接の日本史 8」伊沢元彦著について

井沢さんは、現代は、室町時代が終わろうとしている,と言う考えに賛同しています。「文化で区分するなら現代はまだ「室町時代」で、それが変化しょうとしている、ということなのである。」と言うのです。

重要な指摘です。さすがと言って良い慧眼ではないでしょうか?

カキシャンの尊敬する日本学の中西進先生は、室町時代から始まったいわば「知」の文化が、今や終わり、次なる変化の数世紀に向かってゆりかごに揺すられ始められているのが、現代だと指摘されています。

新しい数世紀(27世紀頃完成か?)は、いわば「意」の世紀として特徴付けられる、とも仰るのです。

ちなみに,飛鳥時代から平安時代は、中国・朝鮮の東アジア文化に揺すぶられて、独自日本文化を構築した、いわば「情」の文化の時代と区分されるそうです。

井沢さんは、歴史、すなわち過去を語る人、中西先生は、日本学、つまり、過去を研究し、日本の未来も見通す人、と言うことでしょうか?

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