二代目電光石火

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『“文学少女”と死にたがりの道化』を読むにあたって『人間失格』を読み直したので、

映画が公開されたらぜひ見に行きたい。

『斜陽』も見たいかも。



とは言うものの、『人間失格』を読み直して気がついたのだが、

読んだことあるはずなのに話をあんまり覚えてなかった。

イメージ(というか風景)はなんとなく頭に残っていたけど具体的な流れなんかはサッパリ。

まだ読み直してないけど『斜陽』も同様。(頭には「丘の上の屋敷」が思い浮かぶのだがこれで合ってるのか?)

こういう時に自分の根本的な物覚えの悪さを痛感させられる。

身につまされる思いをしつつ(別に女と心中したことがあるわけではないが)読み直していて一番衝撃を受けたのは、

内容云々ではなく、

「人間、失格。」

という一文。

読点の使い方が絶妙だと感じた。

ここでタイトルと同じに「人間失格。」とでも書かれていたら作品の印象は全く違ったものになったかもしれない。

小学校の国語の授業なんかで文章を音読するときは

「点(読点)は一拍、丸(句点)は二拍休んで読みなさい」

と教わったと思うのだが、

そのおかげで普段から本を黙読するときにも無意識のうちにそのように読んでいるように思う。

「人間、失格。」という文の「、」で一拍間をおくことで、

ただでさえ暗い作品にとどめの一押しで奈落の底に突き落とすかのようだ。

このような「、」の使い方ができることが物書きとそうでない人との違いなのだと思う。



そして自分がそういった書き方ができない側であるということも。

なんやかんやで4年近く日々つらつらと書きたい事を書いてるけど、

「物を書く」という点において自分は失格人間なんだとつくづく感じる。



でも書くけど。

閉じる コメント(1)

はじめまして、Solomonです。
私は『斜陽』を読み直しました。読点ということでいえば、彼は「戦闘、開始」という表現も使っています。全体的に太宰治は読点を多用するような気もします。

2014/3/6(木) 午後 3:17 [ - ]


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