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優勝した1998年の次の1999年から現在に至るまでの順位と活躍した選手をまとめてみようかと。
1999年 三位 優勝以降、更に強化されたマシンガン打線、だが投手陣が崩壊し三位に。 ローズが首位打者・最多安打・打点王になる。 石井琢郎盗塁王。 2000年 三位 絶対の守護神・佐々木がメジャーに渡り、投手陣のやりくりが厳しくなる。 小宮山の加入や中野渡と木塚と金城の台頭があったものの、打線が劣化し三位止まり。 金城が首位打者&新人王。ローズが最多安打。 琢郎が盗塁王になり、駒田が中日戦で2000本安打を達成した。 2001年 三位 横浜の野球に全く合わなかった森監督は、ファンにも選手にも嫌われる羽目に。谷繁がFAする原因になったりもした。 竹下や中野渡や木塚を酷使しまくり、リリーフ陣は崩壊。 石井琢郎最多安打。 木塚が最優秀中継ぎ。 2002年 最下位 竹下と中野渡が酷使による故障で完全に劣化。 正捕手谷繁も居なくなり、防御率は酷くなっていく一方。勿論森は辞任した。 ロドリゲスがサイクル安打達成。 そして黄金時代のエースの野村弘樹が引退。 2003年 最下位 プロ野球史上稀にみる珍采配の連続でぶっち切りの最下位。 古木の台頭、ウッズの本塁打王、村田が新人初の月間MVPなど野手に明るいニュースはあったが、投手陣はFAした若田部が未勝利に終ったり「ピッチャーデニー」というトラウマを横浜ファンに植え付けたりと散々だった。 2004年 最下位 ウッズ本塁打王、佐々木が球界復帰したが相変わらず最下位であった。 キャッチャー中村 ファーストコックス セカンド村田 サード古木 ショート内川 レフト鈴木尚典 センター金城 ライトウッズはトラウマ。 2005年 三位 牛島監督が、クルーンを覚醒させたり若手の積極起用や投手陣の立て直しにより三位浮上。 三浦が最優秀防御率と門倉と共に最多奪三振を取ったり、投手に明るい話題が。 2006年 最下位 若手が育つとタカをくくって全く補強をしたフロントに反発するかのように毎日コピペ打線を実行。 ライトスタンドからため息が聞こえ、レフトスタンドからは拍手が起きる佐伯四番は本人もファンも辛かった。 加藤武治 最優秀中継ぎ。 石井琢郎が2000本安打達成。 そして万永が引退。 2007年 四位 かつての名将・大矢明彦は長い年月の間に迷将・やる大矢となっていた……。 村田が本塁打王になったり工藤を獲得したり、クルーンが161kmをマークしたりした。 2008年 最下位 クルーンが去って抑えが居なくなった為に寺原が抑えに。 マシンガン継投が繰り返され、山北―三橋―高崎―木塚―加藤―高宮のような小刻みすぎる継投は多くのファンを嘆かせた。 そしてリードの場面で「ピッチャーヒューズ」勿論毎回逆転される。 内川が首位打者(.378は右打者歴代一位)・最多安打・最高出塁率。 村田本塁打王。 2009年 最下位 ルーキーが三人起用されたり、三番、四番が戦線離脱。投手陣も案の定崩壊で寺原と横山が死に、コバフトと三浦が無援護に悩まされ、那須野と加藤も打ち込まれとにかく酷かった。 スタメン九人中、五人が打率一割と言うことも。 内川ベストナイン。 佐伯1500本安打。 三浦2000奪三振。 今思えば酷いもんだ。 |

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こうして振り返ってみると森監督招聘が諸悪の根源だったな。
今年も来年も最下位だから4年連続になるね
2010/8/12(木) 午前 0:37