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スティーヴ・ペリー

 
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スティーヴ・ペリー(現在63歳)
ロックバンド「ジャーニー」の元ボーカル。

1970年代から音楽活動を始め「エイリアン・プロジェクト」というバンドを率いていたが、メジャーデビュー直前にベーシストが事故死した事により、デビューの話は白紙に。
バンドの活動が停止した後、故郷に戻ってしばらく農場で働いていたが、実はその間に業界関係者を通じて、バンドのデモテープを耳にしたハービー・ハーバート(当時のジャーニーのマネージャー)がペリーの歌声に注目した。
 
オーディションに合格したペリーは、ジャーニーの初代専任ボーカルだったロバート・フライシュマンとツアー中に入れ替わる形でバンに加入。
加入当初は、ハーバートの計らいからか「ツアースタッフの親戚」という触れ込みで、ツアースタッフも兼務していたらしい。

脱退の真相
1986年に発表したアルバム「レイズド・オン・レイディオ」のライブツアー中に、ペリーは心労を理由に突然の脱退、バンドは解散。
母子家庭で育ったペリーは、母と深い絆で結ばれており、その母を亡くした事が大きなショックだったという。
 
後にペリーは、ジョン・ボン・ジョヴィに対して「ジャーニー脱退は間違いだった」と、後悔の念を告白している。
 
1994年に、自身2枚目となるソロ・アルバム「ストレンジ・メディスン」を発表し、注目を集めた。
ペリーは、このアルバムに因んだライブツアーを行い、日本での公演も予告されていたが、肺病を患いツアーを中断。
 
療養生活の中で、自身の脱退後、分裂状態になっていたジャーニーの再結成の可能性を模索し始め、やがてメンバーと合流。
 
そして、1996年に再結成し、アルバム「トライアル・バイ・ファイア」が大成功。
カムバックツアーも組まれて、前途は洋々に見えたが、ペリーは健康上の理由からツアーの中断と延期を申し出る。
実は、ハイキングで股関節を負傷し、それが歩けなくなるまでに悪化、後に退行性骨関節疾患を患っていることが判明。
人工股関節置換手術の必要を迫られたが、なかなか決断ができずにいた。
メンバー達は、いよいよバンドが調子に乗り始めていた矢先の異常事態に、業を煮やしていた。
 
1998年、未だ休養のままのペリーに、メンバー達は最後通告として「早急に手術を受けて体を治すか」、「そうでなければ代替ボーカルを探す事に同意するか」という二者択一を迫った。
「重大な健康問題に直面して苦悩しているというのに、そんな事よりバンドの興行収入を優先するのか」。
その怒りと落胆が、ジャーニーとの決別を決意させる決定的な理由となった。

ペリーのその後
脱退後、実に7年間の長きにわたって公の場には一切姿を見せず、ほとんど失踪に近い状態にあった。
その間に、人工股関節置換手術に臨み、歩行やジョギングができるまでに回復。
 
その後は、ワーナー・ブラザーズのアニメ映画「キャメロット」のオリジナルサウンドトラックにおける主題曲の競演や、2003年には映画「モンスター」のサウンドトラックのプロデュースも手掛けた他、デヴィッド・パックの作品にゲスト・ボーカルとして参加。

意外な発見
スティーヴ・ペリーと「エアロスミス」のギタリスト、ジョー・ペリーは従兄弟。
 
 
 
 
 
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