菜の花の咲く関東の街角から(伊良林正哉)

この関東の街角から、花の便りをお届けします

鬱病からの帰還

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伊良林です。おはようございます。今回の件につきましては、皆様方にご心配をおかけしてしまいまして、まことに申し訳ありませんでした。閉鎖病棟への入院ということになりましたが、退院して自宅療養を経て、先週の金曜日より職場復帰をしております。思えば、歯の痛みから始まり、きつい肩こりに悩まされていた頃から鬱的な状態だったのだと思います。閉鎖病棟というのは、文字通り病棟に鍵のかかる病棟であり、唯一、外の空気に触れられるのは中庭でした。お天気の良い時には、この中庭のベンチに腰掛けて、入院されている方々とおしゃべりしながら青い空を眺めておりました。一日というものは、とても長いものです。薬物療法での入院というのは、薬物を服用してその経過観察をするということであり、それ以外には何らやることがありません。寝ることが出来れば良いのでしょうが、日中に寝てしまうと夜に眠ることが難しくなり、夜中に睡眠薬をもらうことになります。病棟内には隔離された喫煙所がありましたが、喫煙するヒトにうかがうと「たばこの本数が増えた」と言っておられました。僕もそうでした。たばこはやはり増えます。上手に休めるヒトは、その回復が早いように思えます。気晴らしというのか、熱中することの出来る趣味を持つことはとても重要です。残念ながら、既に「ムシ」の季節は終わってしまいました。昆虫の雑誌に投稿していた報告はリジェクトになってしまいました。これから、本業の論文の書き直しを始めます。改めて、皆様方のご厚情に感謝致します。

鬱病との闘い(1)

伊良林です。皆様方におかれましては、まことにご心配をおかけしまして申し訳ありませんでした。今月の第一週の月曜日の朝に、体が動かなくなってしまいました。こういうのを『金縛り」というのでしょう。もう、ギブアップでした。一か月に一度通院している病院に運ばれ、かなり重い鬱状態という診断で、開放病棟に入院となりました。七年前に入院した病棟でした。開放病棟とは、比較的軽い症状の患者さんの病棟です。この病棟しかベッドが空いていなかったので、この病棟に入院となった次第です。一夜明けて分かったことは、この病棟の雰囲気が激変していたことです。つまりは、慢性期の患者さんが多数を占めていたんです。言葉は悪いのですが、この病棟を自宅としている患者さんたちだったんです。ここでは休養というのか治療効果が期待できないと思いました。そいうわけで、僕は自宅に戻りたいと思いましたが、主治医の判断は厳しいもので、自傷行為や自死の可能性が排除できないということで、たまたま空きベッドが出た閉鎖病棟への入院となりました。閉鎖とは鍵がかかる病棟のことです。主としては急性期の患者さんのための病棟なのですが、実際には患者さんの数が多く、急性期のみならず慢性期の患者さんやアルコール中毒の患者さんも多数おられました。二日目でしたか、ある患者さんが別の患者さんを威嚇したという事件がありました。速攻で隔離部屋です。三日目には、ある患者さんが看護士さんに手をあげてしまって、隔離です。毎日のように何かが起こるとうのが閉鎖病棟でした。そして今、退院して自宅におります。閉鎖病棟での試練が良かったのか、薬が良かったのかは分かりませんが、なんとか回復しております。皆様のご厚情に感謝しております。ありがとうございました。

鬱病の再発(たぶん)

伊良林です。この六月くらいから気持ちが沈みがちになり、それでもなんとか仕事をこなしてはきましたが、この九月を迎えてさらに状態が思わしくなくなりました。この間の記事のアップを眺めてみても、ほとんどが「つぶやき」のようなものであり、根性を込めた記事にはなっておりません。これはおそらくは、物事に対する興味とか関心を失いつつあることの所作でもあります。六年前の入院の前後と比較してみると、大きな違いは「なんとか出勤できている」ということでしょうか。それでも、今までにはなかった頓服の常用ということで成り立っているのかもしれません。物事に興味を失うということは、感動することもない日常ということであり、何かをしなければならないという気持ちがありながら、結局のところ何事も出来ないという悪循環に陥っております。今は分かりませんが、何らかのきっかけが必要なのでしょう。しばらくは、このきっかけを探す旅になりそうです。

 最近では「新型鬱病」というのが流行っているそうだ。新聞報道によれば、職場では典型的な鬱症状、しかしながら自宅療養中に海外旅行などに出かけるだけの気力はある。周囲から見れば「どこが鬱病なのか」と。僕が鬱病で入院していた頃、とてもじゃあないけど旅行に出かけようなんて思わなかったなあ。正直に申し上げて「新型鬱=ふざけんなよ」と言いたい。どっかにミスマッチがあるんだろうけど。
 冷静になって思えば、精神的なバランスとは、仕事、家庭、そして趣味のトライアングルに左右されるんだろうな。仕事が順調な時というのは、たぶん鬱状態になることはあまりないだろう。仕事が不調な時、趣味の世界でリフレッシュすることは重要。しかしながら、趣味はあくまで趣味であって、仕事を離れて趣味の世界に入り過ぎると、これまたおかしくなってしまう。趣味に傾斜してしまえば、仕事がおろそかになることは明らかだし。趣味はあくまで趣味であって、それが仕事になれば楽しいことばかりではない。趣味を仕事にするほどの気合いがあるのであれば、とっとと転職しているだろう。しかしながら、世間はそれほど甘くはない。なにせ、一日という限られた時間の中で仕事の時間というのは長い。だから、何がしかの充実感が仕事から得られないようであれば、これはしんどい。いくら多彩な趣味を持っているにせよ、だ。
 一方で、家庭というものの存在は大きい。仕事人間のヒトは、しばしば「家は寝るだけの場所」なんてことを言うけれど。そういうヒト、休日はどのように過ごしているんだろう。仕事人間のヒトが、仕事人間でいられるのは家庭の支えがあってのもの。ここんところは、重要なポイントでしょう。さいきんでは、完全週休二日だから、土日の二日間ということになろうか。休日を楽しめないということになれば、これは危険信号が点滅していると思える。楽しみ方は千差万別、これが理想というのはあり得ない。理想を設定してしまえば、理想と現実との解離に、しんどさを感じると。仕事中毒のヒトは、心が折れた時が怖い。仕事につまずいた時など。そんな時に、家庭や趣味での支えがあると違った展開があるんだろうなあ。
 まあ、仕事、家庭、そして趣味、それぞれ60点くらいが丁度良いような気がする。身の丈を知ることは大切でしょう。

伊良林です。おはようございます。昨日までの冷たい雨が上がり、この関東地方では穏やかな陽射しが射し込んでおります。この雨でもって、研究所構内の桜はほとんど花を落としてしまいました。東大が先導して「秋入学」に向けて動き出しておりますが、どうなんでしょうか、入学、入社というものはやはり春が良いのではないでしょうかね。桜の花吹雪に送られて新しい生活をスタートさせるというのは、我が国の情緒にマッチしていると思えます。少なくとも、大学だけがどうのこうの言ったところで、社会全体がそのような流れにならない限り、困惑するのは若いヒトたちです。どうやら、世の中の偉いヒトたちというのは、大風呂敷というのか、大きな絵を描くのが好きなようです。さて、昨日の本記事に対しまして三人の方からコメントをいただきました。ありがとうございます。かようにも、鬱病を始めとした精神疾患といったものが、この社会に蔓延しております。このしんどさというものは、おそらくは経験者にしか分からないもののようです。このような背景から、かつては鬱病なるものに対する偏見があったと思います。その極論は「仕事や勉強をしたくないからだけではないか」とか。ひょっとしたら、このような理由から仮病を語るヒトがいるのかもしれませんが、その絶対数はわずかなものだと思います。昨年でしたか「つれが鬱になりまして」という映画が上映されていました。原作者は鬱病の経験者です。その原作者の方がコラムで書いておられました。「罹患した頃には、早く治りたい、治したい、と痛切に考えていたが、そのうちに治らなくてもいいや、と思えるようになった」。文章は正確ではありませんが、内容的にはそのようなことを書かれていたわけです。僕なりの解釈を加えさせてもらえるのであれば、「治りたい」という気持ちは罹患者のほぼ全員が考えていることだと思えますが、たぶん、その先の生活とかを心配されているのだと思います。当たり前のことでしょうが。しかしながら、この健全な生活を送れないほどに心身が悲鳴を上げているという現実があります。気持ちが焦り、その焦りがまた病状を悪化させるという悪循環に見舞われます。なので、近未来のことは、とりあえず考えないというのが良いように思えます。「治らなくてもいいや」というのは、おそらくは、この病気と長く付き合っていこうという意思表明であると思えます。何度も申し上げておりますが、この病気は薬では完治しないと思っております。症状の緩和に貢献するという効果はありますが、それは眠気を催すからだと思います。急激に良くなるというのはないと実感しております。長くかかる病気だから、時間をかけて付き合う、その結果としてゆるやかな曲線を描いて良好に向かえば、儲けもんだ。僕もそう思っております。日常的な凹凸はありますが、少しだけ長いスパンで振り返った時に、あの時よりは薬は減ったし、中途覚醒の頻度だって少なくなったなあ、と感じられればいいのだと思います。組織の中における個人のパワーなんていうものは、おそろしくもわずかなものです。組織を背負っているからの上司であるわけです。パワハラの源というのは、組織の看板があるからです。組織の看板がなくなれば、ただの面白みのないおっさんだってことも多いでしょう。もちろん、友達になりたいとは決して思いませんよね。このくらいの突き放した見方というのもありかなあと思えます。また、職場においては、周囲よりも少しだけ優れているスキルを持っておくことは重要なようです。このスキルが将来的には自分を助けてくれると思います。

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