菜の花の咲く関東の街角から(伊良林正哉)

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学生さん寸描

伊良林です。私が所属している研究室には多くの学生、大学院生、留学生、そしてポスドクの方々が研究活動に従事しております。毎日のように、いろんな出来事が起こります。私はそんなエピソードをネタにして「大学院生物語」というタイトルの小説を出版しました。実は、その小説には書き切れないほどの興味深い出来事はたくさんあるのです。あきれてしまうこともあれば、ほほえましいこともあります。本ブログでは、そんな学生さんの日常をスケッチしていきたいと思います。皆さんの研究室でかいま見た面白いエピソードを書き込んでいただければ幸いです。よろしくお願い致します。

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私の大学院生時代

伊良林です。おはようございます。この記事では、皆さんの大学院生やポスドク時代の苦労話や、面白かった実験、苦しかった実験などを紹介していただければと思います。読者の皆さんのご協力をお願い致します。私自身にとっても、苦難の時代でした。もう一度、戻るかと言われても、首を振るでしょうね。そんな皆さんの生の声を聴かせていただきたいと思います。よろしくお願い致します。タイトルは「私の大学院生時代」としたいと思います。伊良林正哉
コメント(8)

伊良林です。私の大学院修士課程の研究課題は、ある遺伝子の全構造を決定することでした。塩基配列の決定にはサンガー法とマキサム/ギルバート法がありましたが、我々の研究室では後者を採用しておりました。遺伝子自体は6キロもあり、制限酵素で断片化してアイソトープで末端標識をして、変性ゲルでストランドセパレーションを行いました。それぞれのシングルストランドを変性ゲルから精製してきて、四種類の化学反応を行い、60センチゲルで電気泳動をする訳です。うまくいって、一度の反応で決まるのは100ベース程度だったと思います。裏表を最低でも二回は読みましたから、合計すると18キロは読んだと思います。その結果は、分子進化の問題とからめてNucleic Acids Res.に投稿して受理されました。そんな時代だったのです。今、思えばとんでもない量のアイソトープを使っていたと思います。
2008/10/18(土) 午前 8:50 [ 伊良林正哉 ]

その後、泳動距離を延長すればさらに塩基配列を読めるということが分かり。ゲルも90センチゲルとなりました。作成中に泡が入るとアウトでしたので、慎重にゲルを流し込んでいたことを覚えております。一日に二回転で作業を行っておりました。朝にゲルを作成して、電気泳動を始めると同時に、次のサンプル調整を行いながら、二枚目のゲルを午後から作成するのです。夕方に一回目のゲルを取り外しオートラにセットして、夜に二回目の電気泳動をオーバーナイトで始めるのです。ゲルの状態が良いと200ベースまでは読むことが出来ました。ただ、どうしてもGCリッチな部分は判断が出来ないことが多かったですね。今では、塩基配列の決定はオートシーケンサーで読んでしまうので、隔世の感があります。データも波形データですよね。私の時代はラダーでした。ただ、あの時代はほとんどの工程がキット化されておらず、手作業でしたのでいろんな反応条件の検討を行ったものです。ライゲーションも、マグネシウムやATPの濃度の検討から始めたものでした。これも今ではキットを使えば三十分もかかりませんね。それだけに、いろんな酵素反応の原理から良く勉強したものでした。
2008/10/18(土) 午後 4:40 [ 伊良林正哉 ]

私は10年ほど前に博士課程を卒業しましたが、それまで分子生物学的な実験をほとんど身につけていませんでした。大学(理学部生物学科)でも分子生物学に関する授業がほとんど無い時代だったんですよね。

でも、伊良林先生には申し訳ないながら、あれはやらなくて正解だったと思います。

ポスドク時代にモレキュラー実験をひとしきりみにつけた時もかなりキット化されていましたが、「これはもっと楽になる」という予感の通り、今は学部生に簡単に取り組ませる実験の1つになりました。

これに比べて、私が得意とする生化学は簡便化するのが難しく、自分の優位性もそう崩れません。ただ、学生は全くやりたがらないので、自分で実験するしか仕事が進まないのですが。
2008/10/19(日) 午前 10:46 [ bloom@花咲く小径 ]

博士時代は海産生物を使った実験をしていたので、車を運転して海に行き、自分で採取して、1日がかりで抽出液を作っていたので、2日間ほとんど寝ずに働く日も多かったです。

子供は2日に1回しか戻らないものの、戻る時は早く帰宅したので喜んでいましたが・・

実験材料が手に入る季節は自宅で7〜8時間寝て、また次の抽出液調製をするサイクルを繰り返していましたね。

しかしウッズホールの研究所のミーティングに出た時に、巨大な生物棟が立ち並ぶ様子にショックを受けました。あちらの研究者に「自分で生物を捕ってくるなんて信じられない」と笑われ、こんな国と研究で戦っていた自分はすごいと思いました。

下村さんもオワンクラゲをウッズホールで大量に提供してもらったことが、ノーベル賞につながっていたと思います。

日本の研究は今でも竹槍思想なところがありますよね。
2008/10/19(日) 午前 10:54 [ bloom@花咲く小径 ]

> bloom@花咲く小径 さん、

下村さんは、University of Washingtonの臨海実験所があるFriday Harborで、家族総出で(←と日本の新聞のonlineで見ました)大量に採集したそうですよ(http://www.conncoll.edu/ccacad/zimmer/GFP-ww/shimomura.html)。その頃の所属はPrincetonでした。


伊良林 先生の云うことにも、bloom@花咲く小径 さんの云うことにも、共に一理あると思います。伊良林先生のpointは、例えば、キットは原理が分からなくても使えるけども、逆に、原理を知らずにキット頼みの実験経験しかないと、それで実験にトラブった時に、自力で解決することが出来なくなるし、逆に、bloom@花咲く小径 さんの云うように、キット等、昨今の進んだ技術を駆使して済んでしまうなら、それはそれで、時間の短縮にもなるし、熟練の必要も無いので、研究が進む、と云うのも確かです。シークエンスに関して云えば、日本では、まだ、そうなっては居ないかもしれませんが、アメリカでは外注が普通になっています。
2008/10/19(日) 午後 2:30 [ ぜのぱす ]

ぜのぱす先生、訂正ありがとうございます。私が何かのオンラインニュースで見た情報は「家族、研究所、仲間の研究者総出でクラゲ1万匹以上を採取」だったのでウッズホールだろうと勘違いしました。それと、下村先生は「日本だったらあれだけの材料は得られなかった」ともおっしゃっていたと思います。
ウッズホールの場合、ウニならキロ単位で採卵してゼリー層を外すところまで調製したものをくれるそうです。

私はシークエンスは早くから外注しています。原理を理解することと、その実験を自力でやることは別だと思っているので、キット化には抵抗がありません。学生には研究業界で生き残りたいなら顕微鏡や生化学などキット化されない領域で頑張るように言っています。
2008/10/19(日) 午後 3:15 [ bloom@花咲く小径 ]

ご無沙汰しました。
キット化の話題が出ていますが、私は大学院はキットにできないような仕事をしていて、ポスドクになってから分子生物学を始めました。任期と業績の縛りが大きい昨今では、キット化されている分野は仕事が早く進むので、ありがたく感じていました。大学では多様な分野の研究室があるので、例えば合成系の研究室の人は、生物系の研究室の材料やキット状況など知る由もなく、どの部屋も一律に扱われてしまうのではないでしょうか。何にしても大学院時代が、一番自分のために勉強も研究もできたなーと今になって思います。大学院に進学する時は、卒業後のポスドクのことまで考えていなくて、実際に学位をとろうというあたりで、分子生物ができないと、ポスドクの職もなかなか見つからないのでは!と気がついたんですね。最近の院生さんはそのあたりもちゃんと考えているようです。
2008/10/19(日) 午後 7:24 [ ともい ]

伊良林です。おはようございます。うちでは、毎朝八時から会議がありますので、遅くなってしまいました。全回は私の大学院修士課程時代の経験を紹介させていただきました。今回は企業を退職して大学院博士課程に進学した頃のお話をしいと思います。研究課題はある遺伝子の転写制御機構の解析ということでした。当時はHeLa細胞やカイコの絹糸腺由来の核抽出サンプルを用いて、当該の遺伝子の転写に重要なシスエレメントを同定するという研究が盛んに行われておりました。制限酵素で5' 上流領域を系統的に落としていったフラグメントを精製して、アデノウイルスのメジャープロモーターにつないで、アイソトープ存在下で反応を行い。オートラで転写産物を確認することの繰り返しでした。今だったら、PCRであっというまに材料を作れますが、当時は制限酵素だけが頼りだったのです。今ならば大きな問題になるのでしょうが、アイソトープ実験を通常実験室で行っておりました。大学院に進学してから半年後には、かなりのデータを貯めることが出来ておりました。ところがです。続きは明日。
2008/10/20(月) 午前 9:06 [ 伊良林正哉 ]

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私の大学院生時代

伊良林です。おはようございます。この記事では、皆さんの大学院生やポスドク時代の苦労話や、面白かった実験、苦しかった実験などを紹介していただければと思います。読者の皆さんのご協力をお願い致します。私自身にとっても、苦難の時代でした。もう一度、戻るかと言われても、首を振るでしょうね。そんな皆さんの生の声を聴かせていただきたいと思います。よろしくお願い致します。タイトルは「私の大学院生時代」としたいと思います。伊良林正哉

伊良林です

改めて、ご挨拶をさせていただきます。伊良林と申します。この名前は、私の出身地が九州の長崎県であり、長崎市内の「伊良林小学校」に通っていたことに由来しております。現在に至るまで、長崎から出発し、北海道、東北、関西、中部、関東そしてイギリスと転々としてまいりました。その土地それぞれに愛着はありますが、現在ではこの関東の一角に落ち着いております。恥ずかしながら、「生命科学」の領域における平凡な研究者として生活の糧を得ております。本来であれば、中国の近現代史を専攻し、その分野での研究者を夢に見ておりましたが、「文系では食えない」と言われ文系から理系に転化した経緯があります。私にとっては、パラダイムシフトのような強烈な体験ではありました。しかしながら、中国近現代史に対する関心を捨てることは出来ず、本業以外の時間を費やして取り組んでおります。何故に、中国近現代史であるのかということですが、うちの先祖がかつての「満州国」に渡っておりまして、子供の頃から満州時代のあれこれを聞かされていたことに起因すると思われます。ともあれ、年齢を重ねるとともに、元来が文章を書くのが好きだったこともあり、ブログというツールを使ってその時々の思いなどを綴ることに致しました。また、お恥ずかしいことながら「小説」なるものを書き、自費出版もしております。なので「自称 売れない小説家」でもあります。あえて、本ブログのキーワードを紹介させていただくと、以下のようになります。生命科学、実験、大学院、近現代史、小説、鬱病、プロ野球、昆虫、留学生、英会話、映画、海外の見聞録。何の脈絡もありませんが、つまりは雑然としております。これからも、勢いに任せて記事をアップしてまいります。今後とも、よろしくお願い申し上げます。伊良林正哉

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