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カズが与えてくれたものはとても大きくて、私なんかにはとてももったいない。
それと同時にその大きさに押しつぶされていく私がいるのも事実だ。目の前に
ある優しさを突き付けられて、つい手を伸ばしてしまう自分自身にも嫌悪感を
抱いている。
変わりたい。
怖い。
人を愛したい。
突き放したい。
愛されたい。
傷つきたくない。
ただ私だけを見つめていてほしい。私の傍にいてほしいのだ。でも、それすら
叶う事のない状態にしたのは間違いなく自分で、過去を恨んでもしょうがない。
言い訳をするなら、私もみんなと同じような恋愛がしたかった。恋をしてキラ
キラと輝く彼女たちの様に輝きたかっただけ。ちょっと失敗をして、それを補う
ように大切なものを一つずつ捧げていき、気が付くと私の手元の残ったのは不
名誉なレッテルだった。それは今なお消えない。
それを一人で背負うのはたやすい事であっても、それを背負わせてしまうの
が辛いのだ。優しくて純粋に私だけを見つめてくれるカズにそれを背負わせた
くない。
私はひたすら罵られ続けている。
彼女たちは彼女たちなりにカズを助けたかったのだと思う。様々なたちの悪
いレッテルだらけの私から守り、カズや彼女たちの安全を保ちたかったのでは
ないだろうか。
いくら当たり前だと自分の中で抑えようとしても抑えきれない悲しみが深く刺さ
った。
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夢言
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時計は止まってしまったのだろうか?
さっきから一秒たりとも針が動いていない気がしてしまう。心拍数も増幅していて
苦しい。気のせい、だと信じたい。何もかも。どうせ一時の気の迷いなんだから。
カズに魅力はあると思う。でも、だからといって私がそれに惹かれているとは認め
たくない。恋愛は惚れさせるものだし、お互いにどろどろしたくない。
視界に入る空が目にしみた。
4限目のチャイムが鳴るのと同時にカズは教室に入ってきた。というか、気づいた
らいた。
うわっ! …いつからいたの?
さっきだよ。お迎えにあがりました。
ニコニコと笑うカズをみると、自分の耳が熱く気がする。
先に行ってればいいのに。
呆れながら言うと、カズは私の頬を軽くつまみ、
だって逃げちゃうでしょ? 俺が先に行っちゃうと。そんなの悲しいじゃん。
い、痛いって。
カズの手をはねよけた。行動が読まれていることに動揺が隠せない。カズは私に
よってよけられた手をまた頬に触れる。今度は優しく撫でるように。
ごめんね。まだ痛い?
不安げな表情が妙に切なくなって、首を振る。
行こっか。どこが良い?屋上?それとも中庭?
屋上…で良いよ。
カズと過ごす時間はとても楽しかった。だからこそ余計辛かった。何も知らないカ
ズの笑顔に心が痛む。
あ、その卵焼き、俺の唐揚げと交換しよっ?
やだよ。私卵焼き好きなんだから。
そうなんだ!良い事知っちゃった。
どんなに小さなことでも嬉しそうにするカズは陽だまりのように温かい。だからつい
つい安らいでしまう。
お昼の帰り道。階段で別れた後私は確かに聞いた。女子の私に対する悪口を。前
までは気にならなかったのに、どうしてだか今日はよく聞こえる。
自分が悪い事はよく知ってる。だからこそけじめをつえなくては行けないのに。目の
前にある優しさから離れなくてはいけないのに。
ゆっくりと冷静にさせて、やっと決意が固まった。
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案の定、1時間目の途中で私は教室に入った。周りの視線がやたらと刺さるが
気にしないことにした。教壇に立っているおじさんも何か言っているが聞こえない
ふりをする。ノイズだと思えばなんともないし。
自分の席に座ると早速机に突っ伏した。訳が分からない数字とは今朝戦ったば
かりだし、家で何とかすればいい事だから。昼間に寝ることは意外にも簡単で、あ
っと言う間に意識は無くなった。
…ちゃん、起きてよ〜。ねぇ、そろそろやばいよ?
寝ぼけ眼で見上げると、目の前にカズが居た。
改めて言うけど、学年違うでしょ?
カズはニコニコと笑って、私の髪をいじる。
えぇ?だって、俺、ある意味このクラスになじんでるし。しかも、会いたいじゃん。
誰に?
…それってぼけてるの?
くしゃくしゃぁと私の頭を撫でた。少し骨ばってるけど、結構好きな手だ、と思う。
恥ずかしくなって思わず、触るなと冷たくしてしまった。
お昼一緒に食べようと思って誘いに来たんだ、ホントは。
目を少し細めて私を見上げるカズの顔はほんのり赤く染まっていた。
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そんなこんなで一日は終わるが、なんとも言えない疲労感に包まれてしまい
布団に潜っても目が冴えたままだった。寝返りを打つたびにカズを思い出し、
目を開けるたびにそれを打ち消した。どんなに目を閉じても睡魔は遠のいてし
まい、代わりに彼の顔しか浮かばない。辛かった。
らしくないじゃん、自分。ため息がこぼれた。本当にどうかしている。私が私で
なくなってしまうような、悲しくて、でも嫌じゃないような不思議な気分だ。
時計はもう3時を指している。
明日は確実に隈が出来るだろうなぁ…。そしたら、カズに合わせる顔ないなぁ
…。
咄嗟に寝返りを打つ。何考えてるんだろ…。虚しくなってきた。
こうなっては仕方が無いので、起きることにした。こうなっては寝てても起きて
ても同じだと思う。特に何もすること無いけど折角だから数学の問題集を引っ張
り出してみた。
気が付くと私は机で寝ていた。ノートは白紙の状態で、時計は7を指している。
長針が…?…短針が。
遅刻だ。確実に遅刻。
こういうときにパンを咥えて外に飛び出せば、かっこい転校生との運命的な出
会いをするんだろうなぁ。しかしこういうときにこそ焦りたくない。1つ1つの事をち
ゃんとして、隙の無い状態で常に居たいのだ。もちろん、カズの為では無く、自
分の為に。
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ヒョウタンから出た駒、とはこういう事なのだろうか…?
思いがけず出た言葉に戸惑っていた私はあの後暫く呆然としていた。
断られると思った・・・、やべぇ超嬉しい
そんな風に照れ笑いを浮かべた彼が少しだけ愛おしく思った。と、同時に心の中で
何かが萎んでいくのも感じた。もうゲームは終わった。何もやり遂げてないのに付き
合い始めるのは、心底面白くない。付き合う=試合終了の私には、この小一時間の
中でときめいた数が少ない。
俺のことは、カズって呼んで。
カズ?
うん。数学の数でカズって言うんだ。みんなはスウって呼ぶけど…。
なんか可愛いね。
そうかな?…可愛くないよ。
少しふてくされて、カズは目をそらす。その仕草は怒ってるよりも、照れてるように
見えた。
帰りの電車の中でさっきまでのことを思い出して、ふと我に返った。今まで何かを
思い出してぼんやりしているときなど無かったのに。
周りに目を向ける。今朝までは面白そうな人を見つけたら即座に反応していたの
に、反応どころか面白そうと思える人がいない。顔も良いのに、何故かぱっとしない
その他大勢の男子にしか見えないのだ。
カズの名前って何?
カズキ。
漢字は?
数に稀少な動物の稀。まれなかずで数稀。
稀な数…。
誕生日がさ、2月29日なんだ。
へぇ。…ってことは年下?!
うん、今2年。
…。
兄貴が同じクラスにいるでしょ?俺も結構兄貴とかと仲良いから、頻繁に行ってた
んだけど…。
年下かぁ…、あまりにも衝撃が大きくて未だに戸惑ってしまう。
まだ1歳差はとてつもなく年下に感じる年ごろだった私にはそのことが印象深く刻
まれてしまった。
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