藤枝・蓮華寺池公園・フォト日記

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あの日あの時(勇)

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我が家のロフト(3階)から遥か彼方に、丁度お椀を伏せたような高根山の稜線が見える。私は、この青い夏山を眺めながら、50年以上も前のキャンプ計画を、思い出していた。

あれは、小学校6年生のときだったか・・・

楠木の葉が西日を遮る放課後の教室に、若い渋谷先生は皆を集め「どうだ今年の夏休みは一度瀬戸谷の蔵田(高根山の麓)にキャンプに行くかぁ〜」

教室の中はキャンプと聞いただけで、みんな蜂の巣を突いたように大はしゃぎ!♪

先生:「コレ静かに!希望者はなぁ父さん母さんに相談して、今から少しずつ準備しておけ。寝泊りのテントは先生が知り合いから借りるとして、ハンモックも学校のを二つ借りるかぁ〜。皆が用意するものはなぁ〜今書くでぇ〜写せ!」

白子〜蔵田までの往復バス代・・時折チョークを折りながら書く先生の字も、何時もの授業のときより力が入っていた。水筒・飯盒・米麦三合・味噌・梅干・塩少々・缶詰・・

先生は一通り細かく黒板に書き終わると、皆に向って「缶詰なかったらなぁ〜 だしこ(鯖節粉)を煮詰めりゃぁ〜三日や四日は日持ちするからなぁ〜 それ作ってもらえ。それからタモ・モリ・釣り竿ある者は手入れしておけ!ハヤ(魚)や蟹(藻屑蟹)獲れりゃぁ〜夕飯のおかずにするでなぁ〜。鯰なんかも蒲焼にすりゃ〜そりゃ〜うまいぞ〜、瀬戸谷は水も綺麗だでぇ」

アウトドア経験豊かな先生の話は、私たちの好奇心を仰ぎ、皆はもうキャンプ場にいる気分になっていた。

なんでも買い揃えればまにあう今のような物のある時代ではなかったが、それほどひもじかったわけでもなく、自分たちで魚を獲ったり、山の木の実を採って食べることが野性的で憧れであったのかもしれない。

夏休みになって、指折り楽しみに待ったキャンプ前日・・・
「大きな台風が室戸方面に接近中」との情報にキャンプは中止となった。

あの時行かなかったキャンプの思いが、今も頭のどこか隅っこに残っていた。

※写真の水筒と飯盒は、近所のIE氏に借りました。
 菓子などは、こんなものだったかな〜と当時を思い出しながら買い集めた。

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「 闇の中に消えた美女・・!!」

蓮華寺池公園の夜のウォーキング・・

晩酌をしない私は、毎日夕食後・・池の周りを2周(3kmぐらい)程歩くのを日課としている。池の周りには・・街灯も完備され・・夜間のウォーキングに支障はない。

ほとんどの人たちが・・池の周りを、反時計回りに歩くのに対し、私は、一人時計回りに歩く。たいした理由は無いが・・夜、後ろから近づいてくる人の足音が気になることと・・何よりも・・私より明らかに年上と思われる女性集団に、追い抜かれることがシャクだからである。最も、私は左利きのため、頭脳がそのように設定されているのかな?、と勝手に納得もしているが・・一般的にみれば、すこし・・変わり者かな?・・いや〜個性的なのだ!

1年間も毎日歩き続けると・・挨拶を交わす人・懐かしい友や知り合いと・・思わぬ再会・・など有り、そんな日は、気分よく・・ウォーキングできる。

今宵はクリスマス・イブ!・・このような晩に・・「ウォーキングなどに来る人がいるのかな〜?」などと思いながら、何時ものコースを(私は、基本的にウォーキングには彼女(家内)は誘わないと勝手に決めている・・)歩き始める・・。私の心配をよそに・・この日も池の周りには・・結構たくさんの人たちがウォーキングを楽しんでいる!

池畔の中ほどまで来たとき・・時々この辺りですれ違う中年の美女に「こんばんわ〜♪」と軽く挨拶を交わす。・・すると・・その女性!・・遥か高草山(焼津市と静岡市の境界に位置する高さ500メートル程の山)の山並みを指差し・・「あの輝きは何でしょうね〜〜?」・・それは赤やオレンジ色にキラキラ光輝いていました。私はおもわず、その女性に「火事だ!あれは確か・・山火事だ!」・・するとその女性・・「クリスマス・ツリーじゃないかしら〜?」・・「あっ!・・そうだ!クリスマス・ツリーだ!」・・

なぁんだ〜彼女は知っていて・・聞いたのか〜?・・そういえば・・新聞にも載っていたっけ・・それにしても・・何とも・・夢の無い私・・「だ〜めだ!こりゃ〜〜」・・何故、もう少しロマンティックな言葉を交わせなかったものか・・と・・後ろを振り向いたとき・・その美女の姿は・・暗闇に消え・・辺りの枯れ葉が、夜風に舞った。

このことを・・彼女(家内)に話すと・・きつ〜〜い慰めの一言!
「貴方!・・それじゃ〜ダメじゃん!」

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撮影:06.12.22
蓮華寺池公園通り楠の大木・・
楠の木は知っている・・その4 「お母ちゃんのオッパイ!!」

楠の木の向こうに・・
田中城から移築したと言われている門の在った名刹がある

私が、まだ小学校一年生の頃・・
   学校から帰れば妹の守をすることが多かった
ある日、いつもの様に・・妹の手を引き・・
門前辺りに来ると・・なにを思ったか・・
もう乳離れしたはずの妹が・・急に立ち止まり・・
「兄ちゃん!お母ちゃんのオッパイ飲みた〜〜い!」・・・
わたし「ウェェェ〜〜〜!」・・・妹の指差す方を見て・・
わたしは思わず・・「ウォォォ〜〜〜!」と呟いた!

そこで目に入ったのは・・寺の門扉に取り付く・・
ふっくらとしたお椀型の閂化粧金具でした!
思わず・・「似てる!♪ なんと罰当たりな〜!♪」・・

わたしの肩車で妹は・・その鉄のオッパイを吸った・・
「チュチュ」・・「おいしいか〜?」・・「うん!おいちい〜♪」・・

それ以来・・妹は、血の気が多く育っちゃったみたい・・
それほど頭の良くない・・かなり良くない我が兄弟!
(頭の悪いのは・・きっと食べ物のせいだ!)だが・・
読書と画を描くことは、みんな好きだった・・
(もっとも・・その下の妹は・・
       つり銭の計算だけは・・素晴しく速かったなぁ〜!)

妹は、その頃から芸術的に観察するセンスが芽生えていたのか?それとも、タダお腹が空いていただけなのか?定かではないが・・
いや!! キット・・妹は芸術的センスが有ったに違いない!!

あれから・・半世紀以上も経つというのに・・
寺の門扉の閂金具を見ると・・
今は、便りも絶え・・他県に嫁いでいってしまった妹たちや・・
過ぎし・・遠き・・あの頃を思い出す・・

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蓮華寺池公園通りの楠の木の大木・・

戦争も終わって・・間もない頃・・大楠ノ木の、道向こうに・・
別棟の小学一年生だけの平屋建ての校舎が在った・・

今日の授業も終わり・・
教室では、担任の若いF先生を囲んでクラス反省会・・

先生・・・・「今日は、みんな仲良くしましたか〜?」
生徒一同・・「は〜い!」
先生・・・・「今日、何か思ったこととかありますか〜?
       あるひとは、言ってください。」

すこし間を置いて・・いつも活発な
生徒A子・・「は、はあ〜い!」
先生・・・・「はい、では・・A子ちゃん・・何か・・」
生徒A子・・「きのうの、お弁当のとき、あたし・・K子ちゃんに鯨の
      缶詰分けてあげたのに・・今日のお昼、K子ちゃんは、
      あたしにお芋分けてくれませんでした〜!・・それは、
      いけないと思いま〜す」
生徒K子・・「エ!ェ〜〜 そんなこと言ったって・・前の日A子
      ちゃんに・・乾パン12個分けてあげたのに〜・・フン!
   なによ!そんなこと言うなら・・あのときの乾パン返して〜!」
      と反論するK子ちゃん・・すると
生徒A子・・「K子ちゃんからもらった乾パンは11個でした〜!」
生徒K子・・「違います!!12個あげました!!」

すると・・堰を切ったように・・教室のあちらこちらで・・
「僕は、誰々君に、干し杏をあげたのに・・誰々君は切干芋を一人で
食べていました〜!」とか、食べ物のことで、もう反省会は大騒ぎ!
しめしがつきません!!

先生・・・・「静かに〜! そんなことで争うものではありません!」

担任の若いF先生は、大粒の涙を流し・・
いつも空腹の私たちに諭すように・・言い聞かせた。

先生・・・・「今年は運動場に、みんなで植えたお芋や赤カブを・・
       みんなで食べましょうね〜」

今現在の飽食の時代、にわかに信じられませんが・・
これが・・
戦争ですべてをなくした終戦直後の日本の惨めな姿でした。
コッペパンと脱脂粉乳ミルクが給食で配られたのは・・
それから・・三年も後のことだったと思います。

先日、トラクターで、大量に踏み捨てられるキャベツ野菜のニュース
を見て、あの頃を知る私たちには、何か納得のいかないことでした。

理由は如何あれ、食料難の近隣のアジアの子供たちに・・
少しでも食べさせてあげることができたらいいのに・・・
と思うのは・・私だけでしょうか・・?

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蓮華寺池公園通り楠の木の大木・・

戦争も終わった・・昭和二十年代初めのことです・・

窓辺に、桜の花びらが舞い込む・・藤小1年2組の教室
担任になったばかりの若いF先生(女性)の社会の授業が始まった・・

先生・・・「皆の住んでいるこの町の人々には、どんなお仕事があるのでしょうね〜?
      皆さんのおうちは、何やさんですか?」
生徒A・・「僕のうちは指物や」
生徒B・・「おれんちは父ちゃん大工」
生徒C・・「ぼくんち八百屋」
生徒D・・「おれしらなゃぁ」
生徒E・・「あたしのうちソロバンとお習字教えてるの」
生徒F・・「ぼくんち母さん洋裁」・・・順番が真ん中辺りにくると、一際背の高いM君
生徒M君・「・・・」黙ってうつむくM君に
先生・・・「M君のおうちは、なにやさんですか?」・・優しくたずねた・・その時
生徒M君・・突然大きな声で・・泣き崩れる
      困惑顔の先生・・・それ以来・・
      皆から「泣き虫M君」と言われるようになったM君

後でわかったことですが・・
M君のお父さんは太平洋戦争の時、硫黄島で戦死したのでした。
それが悲しくて・・大泣きしたのだと思います。

クラスの皆がようやく慣れた・・菜種の花が咲く頃・・
M君は、突然、学校に来なくなった!!

その訳は、M君は何処か遠くに養子に行ったそうです。
教室のM君の机も、いつか・・無くなり・・
M君のことを言う人も・・誰一人無く・・
忘れられてしまった!!

最近の映画「硫黄島からの手紙」を観て・・
あれから半世紀以上も経つというのに・・
1年2組のあの時の事、M君のことが鮮明に思い出されます・・

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