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昭和天皇が崩御されて間もない平成元年に、昭和天皇の『御落胤』で、天皇陛下の兄を騙った詐欺事件があったらしいです。
昭和天皇の隠し子『白仁王』の事件の方がスケールが大きい。 被害総額は約15億円に上ったのも凄いですが、 秘書役の渡辺好郎(主犯)と、白仁王こと白嶌誠哉(共犯)という二人組による犯行ということで、 加藤茶と志村けんの二人に事件を再現させたら さぞ面白い番組になるだろうなと思いました(笑)。 白仁王役(志村けん) 『ニセ殿下』による犯行は、皇族の威光を盾に疑うことを躊躇わせ、高級ホテルのホールを貸し切りにしたりと、役者や小道具の数々が用意され、被害者を騙すために周到に準備がなされています。 天皇陛下の譲位に際して、皇族減少への対策から女性宮家創設の対案として旧宮家の皇籍復帰を主張する意見がありますが、旧宮家がどのような方々なのかは案外誰も知りません。 ニセの旧皇族による詐欺に気を付けた方が良さそうですね。 https://www.dailyshincho.jp/article/2017/12110630/ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 平成31(2019)年4月30日をもって今上陛下が譲位されることが決定した。平成の世もこの日が最後となる。 *** では新元号は何になるのか。早く決まらないとカレンダー会社が大変だ、いや商業印刷の株が上がるなどと喧しいが、天皇陛下の崩御による皇位継承と違い、新元号が早めに発表されれば大した騒ぎにはならないだろう。新たな祝日も決まらなければカレンダーの印刷が間に合わないというのなら、新祝日に貼るシールでも付ければいいだけだ。 こんな心配事が言われるのも、昭和から平成へと変わる混乱が記憶に残っているからだろう。 もちろん20代以下の方に記憶はないだろうが、昭和天皇はお隠れになる2年ほども前から体調を崩されておいでだった。前年の秋口からは天皇陛下の下血、輸血量が毎日のように報じられていた。だから国民にだって覚悟はあったはずなのだ。 それでも崩御が年明け間もなくであったこと、天皇陛下がお亡くなりになるということが60年以上なかったために、だれもが動揺したものである。街の正月飾りは外され、年中無休のはずのコンビニエンスストアにシャッターが下ろされ、国民は喪に服した――そうした元号が変わる時の慌ただしいイメージが甦るのだ。 そして、そんなときに事もあろうに、皇族を騙る輩が現れる――。 昭和天皇の御落胤 真っ先に報じたのは「FOCUS」(平成元年3月10日号)だった。「早くも登場『昭和天皇の後落胤』――『大喪の礼』後に融資というサギの筋書き」のタイトルで、その手口を紹介している。記事は福島県で建設業を営む社長のもとに、88年10月に知人を介して現れた松岡という男から持ち込まれた話から始まる。 《「20億円を融資します。これは御上(おかみ)の金で、国のためになる会社や、正直な人に御上の権限で融資され、無利子です。三菱銀行か東京銀行に振り込まれ、そのまま預金すれば利息は1割、この利息2億円を先取りできる。税金や団体への寄付を除き、1億4〜5000万円があなたのものになるんです。高松宮が亡くなられた後、天皇の御落胤で皇太子の兄にあたる白嶌(しらとり)誠哉殿下がすべてまかされているのです」》 利息1割というのがまず馬鹿げている、と思う方もいるだろうが、時はバブル真っ盛り、ゼロ金利政策など当時は思いも寄らぬ時代だった。とはいえ、もちろん怪しい、いわゆるM資金詐欺によく似た話であるのだが――。 翌11月、社長のところに松岡は「宮家の出の方」という青木なる人物を連れてくる。「仮契約に100万円の経費が必要だ」といわれ、いささか信じかねる話と思いつつも、一見上品そうな青木の姿や言葉づかいに、2人の旅費を含めて社長は105万円を渡してしまうのだ。 《「本契約は、京都で、直接、白嶌殿下にお会いになれば間違いないことが分かります」と説得され、社長は11月下旬、青木と一緒に京都に向かった。途中、“殿下”の執事と称する男が現れ、「謁見の時は、くれぐれも余計なことはいわないでください。殿下に訊かれたことだけを話してください」》と、次から次へ登場人物が現れる手のこんだ演出がなされ、ついに殿下のお出まし。場所は京都市内のホテル、ツインルームの一室だ。 《執事と称する男が、恭しく、「こちらが殿下です」と社長に紹介。社長は最敬礼し、“殿下”は少し頭を下げた。本契約書なる書類に捺印、印紙代として、現金400万円を渡した。「御上は領収書を発行出来ない」(執事)という説明で、領収書はなし》 ここで正気にかえるかと思えば、とどめを刺すのが白仁王(しろひとおう)を自称する殿下のお言葉。 「すっかり信用しました」 《「あなたは、ほんとうに運のいい人です。御上のやることですから安心してください。お国のためがんばってください」》 総白髪の殿下の甘くゆったりとした語りだったという。 《「“大喪の礼”の新天皇の御誄(おんるい)の語り口を聞いて、ああ、よく似ていると思いましたからね。すっかり信用しました。執事が“日本鋼管も、松下も、野村證券も随分殿下のお世話になっている。殿下のお陰で大企業になれた”といい、白嶌は、ウンウンとばかりうなずいていた」》と社長。 もちろん、融資の話は、“天皇が亡くなったので”“アメリカ大統領交代のため”“大喪の礼後に”と次々と繰り延べられ、さすがの社長も疑い始めた――というもので、殿下や執事などが逮捕されるのは、3年後の92年まで待つことになる。 当時を知る記者は、 「7月23日、富山県警に広域詐欺の疑いで逮捕されました。手口はみな似たようなもので、被害は県内だけで約2億円が確認され、東北、関西などを含めると被害額は十数億円と言われましたね。また、殿下たち一行は台湾へも乗り出していた、なんてことも報じられましたね」 「週刊文春」(92年9月24日号)によると、台湾でのキャスティングは更に増え、明治の元勲・岩倉具視の曾孫、中国からはラストエンペラー溥儀の弟と称する“愛新覚羅溥佗(ふとう)”、韓国からは李王朝の血をひく“李成義妃殿下”など日中韓のオールスターキャストで「国連難民救済アジア皇室会議」なるものが開催された。また台湾の人々には「日本国国家代表者 白仁王・白嶌誠哉殿下」と記された感状が授けられたという。 「あり得ないと分かったはず」 彼らに判決が下るのは、95年3月のこと。主犯格は執事役の渡辺好郎(当時62)は、過去にもM資金詐欺で逮捕歴もあり、懲役8年。操り人形的存在だった白仁王こと白嶌誠哉(当時68)は同6年。 「週刊新潮」(95年4月6日号)では、《菊の御紋入りの「感状」を一人一人に手渡し、「お言葉」をかける「白仁王」。実態は、熊本生れで奈良県生駒市の借家に妻と息子夫婦、孫と暮らすただのオッサンなのだが、「見ているうちに、どんどん顔が昭和天皇に似ているように見えてきて……」》と被害者の言葉を掲載している。さらに、 《「感状についている菊の御紋の花弁の数が、本物より少ないことに気づいて問い合せた被害者もいたそうですが、“私のような陰の者は、花弁の数を減らさなければいけないのだ”と説明され、納得してしまったそうです」》とも。 判決言い渡しの際には、「冷静に考えれば、あり得ない話と分ったはず」と裁判官が被害者を諭す一幕もあったという。 それでも騙されてしまうのが、詐欺師の巧妙さ。にもかかわらず当時の全国紙はほとんど報じなかった事件なのである。再来年の春には新元号となるわけだが、その際に蠢く詐欺師にはくれぐれもご注意を。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 |

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