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昨日は午前中から我が家で入会している互助会が主催する終活の話が一時間、その後法事に出すお料理が五千円の料理を五百円で試食というイベントに出かけてきました。
もちろん食事が目当てですが・・笑
今はやりの終活の今日の話の内容や食事の内容はさておき、 本当に終活とは何かというテーマで私は10年考えてきました。 もう少し細かく言えば死生観を考え始めたのは今から30年前に私が最初に上毛新聞社出版局から出版した本「出会い」(人生の道標)が元になっています。
内容的には皆さんもご承知の養老孟司先生のベストセラーになった「バカの壁」に展開がほぼ同じようなものと考えていただけたらわかりやすいと思います。
そして「バカの壁」を読んで養老先生に「出会い」を遅らせていただきました。
その頃私も医学部で教壇に立っていたので送ってみようと思ったのです。 もちろん始めは儀礼的に事務所から礼状をいただきましたが、のちに先生からもメッセージをいただきました。 お忙しい中読んでいただいて感謝しています。 本を送ったと言えば思い出すのが今は亡き「永六輔さん」です。
本が仕上がり書店に並びその頃尊敬していた永さんに読んでいただこうと30年前に送りました。 さすがに永さん読んでくれて感想を送ってくれました。 今ではその返信の手紙が白かった便箋が黄色く変色しています。 だいぶ前置きが長くなりました。
私の随筆「出会い」は一番最後の章にまだ未熟でテーマとして取り上げられなかった「死生観」をいつか「出会い」の続きとして書き上げればと構想を練ってきました。 母を17年前に・父を7年前に見送り従兄弟や叔母たちを見送る中、私の子供たち三人にそれぞれ二人づつ男子と女子の合計六人の孫を授かり、私も父も一人っ子という環境で育ったのですが今では大所帯少々面食らっております・・笑
ある出版社からも続きをと言われて此処10年断れ続けてきましたがそろそろ準備をと考えているところに、今日の本題です・笑
づいぶん引っ張ってしまいましたね。
最近世の中終活ブームです。
決して悪いことではありません。 先日家内と二人珍しく同じ映画で感銘を受けたのが今日のオススメの「君の膵臓を食べたい」というショッキングな題名の映画でした。小説で若い人たちのベストセラーになっているということでしたので二人で見ました。 まさにテーマとして流れているのは終活でした。
毎回アトリエバラ美術教室の授業でとり開け私が話していることをリアルに表現されていたのには驚きでした。 一昨日MacにKindle本のアプリをインストールして、ネットで原作を購入して読んでいます。 この映画は高校生をお持ちのお母さん・お父さん是非家族でご覧になってみてください。 多分親たちより高校生の自分の子供たちの方が理解しているかもしれませんが・笑 さあこの文章を書いている間に三階のアトリエバラ美術教室には生徒さんが上がっています。 私も指導にこれから三階の教室に上がります。 |
哲学・サイエンス・教育
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ウィキペィアより。
「大学共通第1次学力試験」
「大学共通第1次学力試験(だいがくきょうつうだいいちじがくりょくしけん)は、1979年1月13・14日から1989年1月14・15日までの11年間11回に亘り、すべての国公立大学および産業医科大学の入学志願者を対象として、全国の各会場で共通の試験問題により一斉に実施された基礎学力試験。一般的な呼称は「共通一次試験」・「共通一次」。実施責任者は、国立大学の共同利用機関であった大学入試センター(現在は独立行政法人)。」
5教科7科目1000点満点時代 [編集]共通一次以前は一期校二期校という2区分から1校ずつ受験できたが、共通一次によって国公立大学は1校のみしか受験できないという一発勝負方式が受験地獄を緩和させる(はずの)新機軸として採用された。
当初、試験問題となる五教科にはそれぞれ200点満点が与えられ、詳細な科目は以下の通りであった。
大多数の受験者は社会・理科をそれぞれ試験会場で2科目選択して受験した。いわゆる「5教科7科目」(「国語」は「国語」全体で1科目)で1000点満点であった。
34年間にわたる偏った教育制度の結果今のような日本が生まれたことに誰も意義を唱えてこなかった。
70年代安保闘争の結果全国の大学が巻き込まれた時代(私の学生時代・大学も高校生も参加した時代)共通一次試験の導入は私が大学を卒業して7年後より実施が決まりその話を聞いたとき現代社会の抱える荒廃した社会は創造ができた。
誠に簡単な理論である。
国の政策は60年代・70年代と全国の学生を巻き込んだ闘争の源である「物事を考える」という思考回路を排除して5教科を考えるのではなしに「覚える」お受験戦争の時代を作ったと言えよう。
物事を考えず受験のための5教科の点数をあげるための教育。まさに全国に進学塾のオンパレード。
昔テレビのインタビューで全国二位の進学塾の経営者のインタビューで
「私の塾で頭が良くなることなどあり得ない、塾の目的は受験校の問題のノウハウを教え一人でも有名校に進学させることだ」と述べていた事はまさに余計な事は考えずに試験に出る問題が答えられればそれで良いと言う点数主義の時代が34年間も続いている結果、学校は敗退し勉強は塾でやれば良い。などと言われる信じられない社会が形成されてしまった。
以前にもfacebookなどでも紹介したが私が開いている此のアトリエバラ美術教室も進学とは無関係な教科です。しかし小学校6年中学校3年と計9年も美術を学んで絵が描けない。絵が分からない。美術が理解出来ない。英語教育も同じ現代は小学校から授業が始まったようだが中学・高校の6年間英語の授業を受けても日常会話が海外でできない教育。
私の次女はロンドンで10年二つの大学で学びは英会話教室・日本語教室をロンドンでおこなっている。
フランス・とイギリスのハーフである娘婿のアレックスと話していても日本で習った英語では通用しない。
今や世界はグローバル時代と言われて久しいが私も大学の医学部を15年教えてきてあまりにも人間力の低下に悩まされた。
いつも市・県・国会の議員の人達と話すは教育改革について論議しますが国の将来を左右するのは将来を任せられる人材育成以外にありません。
大学で指導していても留学生と日本人学生とでは目の輝き方が違います。
現代の日本人学生はそれだけ豊かな生活の中で育ったと言うことでしょう。
教え子の中で医学部の講師などになってゆくのは日本人では無いことを考えると複雑な心境になり、現段階野間までは日本の将来に期待を持つことは難しいと言えるでしょう。
やっと政府も教育行政に舵取りの時代が来たのか、期待したいと思います。
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NHK白熱教室コロンビア大学シーナ・アイエンガー教授
自分の人生は自分で選び取れ!「選択こそ力なり」超名門大学の盲目の女性教授が語る、生きるための強烈なメッセージ。 http://www.nhk.or.jp/hakunetsu/columbia.html 白熱教室はNHKkの放送でハーバード・バークレー・MIT(マサチューセッツ工科大学)・コロンビア・スタンフォード大学とそれぞれの興味のある教授の4回にわたる授業である。 私も残念ながら全部の授業を受ける事は出来なかったが私の仕事やアトリエバラ美術教室を主幹して行く上でなるほどと感じた講義はコロンビア大学シーナ・アイエンガー教授の「選択こそ力なり」の四回の講義であった。予断ではあるがその講義の中で昨年無くなった山口県の義父の佐々木小次郎の銅像がスクリーンで紹介され講義の題材で使われていたのには驚いた。予断になってしまったが内容を記述すると4回の講義すなわち最低4時間からの講義のため内容は割愛させていただく。 今回たまたまネットサーフィンをしていてあまりにもショッキングなブログと遭遇してまさに今私達が置かれている社会は「選択こそ力なり」のシーナ・アイエンガー教授の講義がそのまま当てはまる内容だと感じた。 以前にもテレビニース・新聞・ネットニースなどしっかりとニュースソースの確認をしなければ一部の記事で判断するのには非常に危険だと言うことを書いた。
まさに今回の事件の報道はその典型的事例とも言える。
2013年ボストン・マラソン爆発事件アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンにて、第117回ボストンマラソンの競技中であった2013年4月15日14時45分頃(現地時間)に発生した爆弾テロ事件である。
このニュースに一報はアメリカに再び9.11のテロを思い起こさせる事件だったからである。そしてその後次々に事件は進み犯人二人組の兄弟のうち兄が射殺弟重体と報道される中ネットでは両足を爆弾で吹き飛ばされ足からは骨が見えるショッキングな映像も映し出されるようになり、気の弱い人は目眩すら催す内容で痛ましさを感じ得ない状況。
しかしそれもつかの間ネットでは・速報 【ボストン爆破テロ】 「FBIのでっち上げだ」という内容が目に飛び込んで来る。 これはそのサイトの紹介ですが決して気の弱い人や残酷なシーンまたは鮮血などに弱い方は絶対にご覧にならないでください。
ブログの題名は「ボストンテロ事件の検証 (3) 二人の“ヒーロー”」 http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/d5a892bc06c9e0e76ecdf833e52541d4?fm=entry_awc 此のブログを読んで皆さんはどう思われたのでしょうか。
「答えは読んだ人の数だけ存在する。」と言うことでしょう。 良く真実は一つだと答える人達がおられますが真実とは人の数、すなわち人類の数だけ存在すると言う事を認識しなければなりません。
NHK白熱教室コロンビア大学シーナ・アイエンガー教授
の抗議一説に大変興味のある質問を学生に問う場面があります。 学生は当然アメリカ人アジア系その他の国からの学生が受けています。
「あなた方は今朝おきて今此の授業を受けるまでどれだけの数の選択をしましたか?」 此の問いに対してアメリカ生まれの学生は数千・数万と数え切れないと答え、アジア系学生は8個から10個と答えました。
此の答えから見ても分かるようにアメリカ人(白人)は、朝起きてから授業を受けるまでの数時間の間に行動することの全てを選択していると自覚して行動を取っていると考えても
良いのでしょう。(常に例外はあることは認識の上)それに対してアジア系アメリカ人もしくは留学生などは自分の朝起きてから授業までの日々の行動を「習慣」という概念で考え「選択」しているという概念は持っていません。 常日頃から何事も自分の意思で「選択」をしていると認識しているアメリカ人にとっては多種多様な意見の中から自分は自己責任で選択をしていると考えている人達が行う政治と「習慣」と考える特に日本人が考えている政治観は同じ「民主主義」と行っても大きく違います。
アメリカから伝わったインターネット過去にはラジオ・テレビなどと言ったメディアは情報を発信する側と受ける側では、受ける側の能力により国家的にとんでもない結果を生むと考えられます。
今回の2013年ボストン・マラソン爆発事件も真相は藪の中。
私も32年会社経営に携わっていますが一度もセミナーなどと行った物に参加したことがありません。 又市から頼まれて何度も「自殺防止」の講演を大学の講師時代頼まれましたが、必ずそこでお話しするのは「私の講演を聴いて参考になったと思われる方は決して役に立つことはありません。」と付け加えますし、大学の講義でも授業の講義の中間で「今までの講義は全く嘘」と学生に話します。学生も講演に聞きに来られている方たちも一様に驚かれますが、私の講演なり授業は一つのデーターで全ての臨床にあった症例や答えなど此の世の中に存在しないからです。
私の色々な職種の中で昔陶芸家として幾人かの人間国宝に匹敵する先生たちに指導を受けました。
どの先生もすべからくおっしゃられた言葉は「過去の自分の作品の中でこれが一番良いという作品など一点も無い!!」「もしあればそこで作陶は終わっている」 ここでおわかりのように人間界に取って答えという物は存在しないと言うことになります。政治にしても経済にしても「これが国民のため」「これが真実だ」「これが教育だ」など様々な言葉が飛び交う昨今、私があえて言わせていただくなら真実を見つけるのではなしに真理(物事の成り立ち)を学ばねばならないでしょう。
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≪尾木直樹氏≫
学力観の見直しこそ先決
●そもそも労働政策
−−文科相が「学力向上」を掲げて週6日制導入を打ち出した
「週5日制の導入が始まった平成4年当時は中学教員だったので、経緯や現場の混乱はよく知っている。もともと5日制は『ゆとり教育』や学力問題とはまったく関係なく、労働政策の一環として決まった。当時の貿易摩擦を背景に、欧米諸国から労働時間短縮の外圧を受けた政府が、まず公務員から手を付けたのが始まりだ。5日制でゆとり教育が完成する、というのは教育行政が後から付けた理屈にすぎない。5日制か6日制かというのは日本社会全体の労働政策の問題であり、学力問題で決まる話ではない。問題設定の座標軸が違う」
私が大学の教壇に立ったのは平成元年(私39歳)に群馬大学から電話があったよと言うママ先生の一報から始まります。
それも聞けば医学部からという話。とにかく電話をしてみると群馬大学医療技術短期大学部. (現:群馬大学医学部付属病院保健学科)と言うことでした。とにかく短期大学から大学に格上げして国立大学が独立法人になる15年間教鞭を執っていた訳です。その退官後も医学部の学生さんとは私の教室のアトリエバラ美術教室で指導する生徒さんもあり私と同年配の教授陣や若い教官との交流で25年立ってしまいました。
話が横にそれてスタートしてしまいましたが本題の「学校週休6日制」ですが私が初めて教壇に立った頃はまだ学校週休6日制で大学は一日の駒が午前二駒午後二駒の一日四時間でした。
私の授業はリハビリテーションの技法という実技の授業ですので時間数は一駒半すなわち九十分+四十五分という合計135分という時間の指導でした。
しかし短い時間に技法の指導はとても難しく私の授業は最後の駒に入れてもらうようカリキュラムを組んでもらっていました。当然私の授業は単位をださければなりませんし私が出さねば留年が決まってしまいます。
単位を出すからには最低限の医療従事者としての気質をマスターしてもらわねば現場に出て患者さんに迷惑をかけてしまいます。
ですから授業の終了のチャイムが鳴っても終わると言うことはありませんでした。しかし数年たって社会の流れはすべての職種が週休二日制の流れの中に巻き込まれ当然国立大学も週休5日制になりましたが卒業単位の124単位は変わらずなおそのほかに医学部としての別枠の単位取得。当然一日無くなった分今まで一日五時間の日しいては六時間の日まで現れる始末。
当然授業もその日の予定が終わらなくても途中で省略。
アトリエバラ美術教室も昭和55年に開塾して子供教室では多い時は40名水曜日・土曜日・日曜日とみていましたがこちらも週休5日制になると水曜日の午前授業が無くなり一日の授業で水曜教室が無くなりました。
政治的都合で週休5日制になった結果がもたらした多くの損失は今となっては取り戻すことは出来ません。
尾木直樹氏のレポートの通り単純に土曜日を復活させれば今の日本の教育が向上する訳ではありません。
今の日本の教育の質の変化が問われています。
一日延ばすことを年頭に此の国を将来どのような国家にしたいのかは大人の考えるビジョンが教育に反映され次の世代を担う子供たちに受け継がれることが近代教育の原点です。
そのことを年頭に入れて覚える教育から考える教育に転化してゆかねばなりません。 |
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このニュースはしばしネットニースをにぎわしている。
なぜ教職を取り教育者になったのか?
給料が良いからか?
一般企業より待遇が良い?
教師の中には中には5人の子供をもうけ10年産休を撮り続けられる?そんなことも聞く?
此の記事を読んでなんと表現して良いのやら・・・時代が変わったと一言で済ますのは簡単ですが、この裏にある日本人の価値観の変化を見て取れると思います。
私が教師を目指し教職を取りいざ就職と言うときの教師の初任給25000円でした。その頃一般の企業の初任給35000円と一万円の開きがあり、今でも覚えていますが公務員になると同級生に話すと馬鹿にされる時代でした。 すなわち本当に教師という職業に情熱を持っているのか公務員として人のために役立てた仕事をしたいのか。そのような情熱を持って公務員は給料は安くても自分のやりたいことをすると言う仲間が教師や公務員になってゆきました。 私はと言えば建築デザイナーとして公務員の倍の五万円が初任給でした。 確かに給料は良かったのですがやはり大学で専攻していた建築デザインで職に就いた訳でそれぞれに給料ではなしに自分のチャレンジしたい仕事を選んで行った時代だったと思います。 私が勤め始めて数年後に日本は第一次オイルショックを迎えます。 昔のテレビニースでトイレットペーパーの買いだめに走る人々の映像がありますがまさにその時代から公務員の給与と民間の給与の幅が縮まり初めた時代が始まり、希望する仕事より給与が安定した職種の選択が始まりました。 あれから40年あまりこのような記事が載る日本になったのかと思うと複雑な思いに駆られます。 |





