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家族の閉鎖孤立と児童虐待・・野本「沖縄子ども史」本を読む7
浅野誠氏のブログより
本書は、たとえば、以下のように、児童虐待の実情について書く。
「子どもへの虐待への関心が高まる中で、沖縄県青少年、児童家庭課が、二〇〇二年度の県内の児童虐待相談件数をまとめている。
それによると、前年度比七九件増の三六七件となり、過去最多になっている。
「最も割合の高いのは、全国では身体的虐待(四六・五パーセント)だが、県内では養育放棄(ネグレクト)で四二・八パーセント。養育放棄の多さが沖縄の特徴となっている。
県中央児童相談所に寄せられた最近の事例では、夜間置き去りにされた二歳の幼児が家を抜け出し路上で保護されたケースや、保護者が県外へ長期出稼ぎに出て小中学生のきょうだいだけで生活していた家庭、家賃を支払えず車上生活の末に子どもだけを託した親などが報告されている」(『琉球新報』二〇〇三年七月二十二日)
つまり、県内では親の生活が不安定であることから養育放棄(ネグレクト)が多いというデータが報告されていたのである。」P388〜9
ここで、私なりの「沖縄における児童虐待」についての考えを書いておこう。「身体的虐待」を中心にするが、最後に養育放棄(ネグレクト)についても少しだけ触れる。
かつて、少なくとも20~30年ほど前までは、親が家庭の中で子どもに、『体罰』という形で暴力を行使することは珍しいことではなかった。しかし、その多くは、親が「教育的狙い」と「見通し」を、一応はもってのものだった。そして、ある程度社会習慣化したものだった。
その延長線上に、学校教師による子どもへの『体罰』もあった。1970年代の学校、とくに中学校の職員室などは、「正座」(ひざまづき)する生徒が日常的にいた。それを不思議とも思わない教師がいた。当時私は、『体罰』は、教師が、それに代わる指導方法を持たないために、言いかえると、『教師としての無能さの告白』として存在しており、それに代わり、子どもを一人の人格として尊重する指導方法を獲得することを沖縄各地で言って回った。なかなか理解してもらえなかったが、子ども・子どもたちの自主性をもとに指導を進めようという動きが広がったことも確かだ。
そうしたかつての『体罰』と、今日の児童虐待とは性格が異なる。とはいえ、父親の中には、「子どもは叩いて育てる」ものだという観念の延長線上で、虐待する例もあるようだ。ただし「手加減」を知らず、相手の子どもよりも、自分の興奮状態をコントロールできないために行う幼児的な暴力をふるう例があるように思う。そうした例の場合、自分自身も親から体罰で育てられた経験を持つことが多い。
そうした虐待スタイルがあるものの、多くの場合、孤立し閉鎖的傾向の強い家族の中で発生していることに大きな特徴がある。ほとんどが、当初はあったかもしれない「教育的意図」が薄くなり、その結果がもたらすものがどんなことであるかの「見通し」もなくなり、自己コントロ−ルができない状況のなかで発生する。
そこでは、客観的に冷静に見つめる第三者的なものが、自分自身の中にも、実際にもいない。大きな音が聞こえる隣人とか、傷をとおして気づく医療従事者や保育者・教師たちだけとなってしまう。
それらには、生活の経済的厳しさがある場合も見られるが、何よりも人間関係的社会的厳しさが存在する。生活が人間関係的に社会的に行われていないのである。外とのつながりは、商品購入の関係で行われる。保育や教育についても、商品感覚が強い。「外注」なのである。
また、そうした親の場合、15歳までの生活体験のなかでの、孤立性閉鎖性が強い例も多かろうが、それらの中で、育児体験が含まれていない場合が多い。子守り体験を通して、育児の基礎的習慣を学んだ時代は、もう40〜50年近く前になってしまった。また、子育てがシマ・共同体のなかで行われ、子ども達がそれを実見することを通して学んだ時代も、はるか以前のこととなった。
そうした意味で、子育てについて学ぶ機会の喪失があり、子育て方法については、意図的に教育する必要が生まれてきた。あるいは学ぶ必要が出てきた。それは、子育てをめぐる人間関係的社会的ありようを、意図的に計画しないといけない、ということだ。育児書、祖父母の参加、学校の家庭科などでの学習、子育てサークル、子育て支援、などなどだ。
もう一つ指摘しなければならないことがある。時代変化について書いてきたが、1970〜80年代に、子育て観、子ども観が大変動したことだ。大胆にいえば、地域社会の子ども・子育てから、親の子ども・子育てへの変化だ。もうすこし丁寧にいうと、親と地域社会共同の子ども・子育てから、親だけの子ども・子育てに変わったことだ。
それは、ある意味、時代の当然の流れかもしれない。しかし、かつて存在して地域社会的なものに変わるものを、いかに創造するか、という課題を忘れてしまっている状況を直視しなくてはならない。子ども・子育てをめぐる個別家族の単独事業的性格が濃くなるにつれ、子どもにかける教育費が増大し、『金次第』的性格が強まり、家族の「自己責任」が強まり、家族間競争的雰囲気が強まる。そうした背景のもとに、家族の孤立化閉鎖化が登場し、児童虐待が登場しているのだ。
とすれば、伝統的な地域社会の子ども・子育てに変わる新たな社会的なものを創造するかどうかが鍵になる。家族を開かれたものにし、家族間協力や連合を増やしていくことなども手掛かりになるだろう。様々なサポート組織や集まりをきっかけに、子育ての提携協力、共同化をおしすすめる必要がある。その中で、商品化の比重を下げていくことも必要だろう。教育費負担が厳しい家族が多い沖縄では、特にそうした動きを大切にしたい。
こうした営みが、児童虐待を減少させる社会的基盤を作っていくだろう。
以上述べてきたことは、養育放棄に場合にも共通することが多い。養育放棄→つながり放棄の背後には、人間関係形成における未熟さがあることが多い。恋愛関係、共同生活の持ち方などを含む、10代における人間関係の体験が歪んでいる、というよりも空白であることが原因になることも多かろう。空白であるがゆえに、それに対する渇望があり、未熟なまま、そうした関係に急激に突入し、急激に退場してしまう。その退場のひとつとして養育放棄があるのかもしれない。
これまでの大人側のかかわりは、そうしたものへの取り締まりはあっても、豊かに育てるという点でのかかわりの持ち方の蓄積が弱い。家族内外、地域内外、学校内外で、そうしたことの追求が望まれる。
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