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駆け落ちした人まで追いかける。「居場所はぜったい言わないから」と説得し、血圧などを測らせてもらう。そんな徹底した調査をしているところがあると聞いたことがある。

 ひとつの地域に住む人全員を長年追いかけて行う生活習慣病の研究だ。定期的に健診し、発病した人にどんな危険因子があるかを調べる。心筋梗塞(こうそく)を起こした人に共通のライフスタイルがないか。遺伝子の型が脳梗塞と関わっていないか。

 こうした特定の集団を追跡して行う疫学調査は「コホート研究」と呼ばれる。コホートは古代ローマの歩兵隊のこと。転じて共通の条件を持つ集団を意味する。欧米が先行してきた研究手法だが、日本でも重要性が注目されるようになった。

 手間のかかる調査なので、駆け落ちの話は「それぐらいの覚悟で」という意味だったかもしれない。ただ、どんなコホートでも「いかに参加者を確保し、脱落者を少なくするか」が重要なことは間違いない。

 環境省が1月から参加者募集を始めた「エコチル調査」もコホート研究だ。何それ?という声が聞こえてきそうだが、エコはエコロジー、チルはチルドレン。「子どもの健康と環境に関する全国調査」という名の国家プロジェクトだ。

 環境省によれば、この20〜30年の間に先天異常や小児ぜんそく、発達障害などが増加した。背景に、ダイオキシン類や重金属、農薬など化学物質への暴露の増加、生活習慣の変化があるのではないか。そんな仮説に基づき、発病と環境、生活習慣や遺伝との相互作用を解明するのが目的だ。

 全国15地域の妊婦に協力を求め、同意が得られた場合、妊娠中から母親の血液、尿を採取する。生まれてからは、臍帯血(さいたいけつ)や父親の血液、母乳や毛髪も採取の対象とする。子どもが6カ月になったら、半年ごとに質問票による調査を行い、数年ごとに面接調査もする。

 質問票では食事や運動などに加え、布団を干す頻度や浴室のカビについても聞かれる。ハウスダストを採取することもあるというから念入りだ。

 目標は3年間で10万組の親子の参加。年間出生数の約3%に相当し、該当地域では出産の半数がカバーされる。子どもが13歳になるまで追いかけ、16年間で予算の総額は約900億円。事業仕分けでも生き残り、「奇跡」と言う人もいるほどだ。

 関係者の期待は高いが、では、始めるにあたって準備は万端なのか。気になる点がいくつかある。

 たとえば、血液中の何を測定するかの最終判断はこれから。分析結果の返し方にも課題がある。すぐに返すデータもあるが、健康との関係がはっきりしないデータを、いつ、どういう方法で返すかは詰まっていない。

 遺伝子解析を前提に血液保存の同意も求める。しかし、具体的な計画ができた時の同意の取り直し方には議論がある。調査が進めば、血液や遺伝子の生体試料バンク、分析結果のデータベースもできる。これをどのように国内外の研究者や企業と共有し、有効に使っていくか。

 子どもが大きくなって「もう参加したくない」と言い出したらどうするか。駆け落ちはともかく、参加者が連絡せずに引っ越した場合、どこまで追いかけるのか。参加者の確保につながる課題はいくつもありそうだ。

 こんな心配をするのも過去につまずいた例があるからだ。たとえば、科学技術振興機構などが子どもの心の発達に焦点をあて04年から始めたコホートは、途中で研究手法の再検討が求められ、大規模調査が頓挫した。各地域の調査票がバラバラといった準備不足があったようだ。同じ失敗はないとしても、他に落とし穴がないか、油断はできない。

 海外のコホート研究には、成人50万人を対象とする英国の「UKバイオバンク」のように、準備に何年もかけてスタートしたものもある。米国が行う子どもの大規模コホートも、長く準備が続けられている。

 「走りながら考える」としても、最初に押さえておかないと、後から取り返しがつかなかったり、収拾がつかなくなるものがあるはずだ。

 日本政府はエコチルだけでなく、10万人を対象としたゲノムコホートの準備研究も来年度から始める。せっかく、お金と労力をかけてやるのなら、参加者の善意を無駄にしないよう、意味のある結果を出してほしい。それには、なんといっても最初の準備が肝心だ。

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