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Q.ファミリーホームを作ったきっかけを教えて貰いたい。
A.子どもの頃から父親が不遇な子どもたちを預っており一緒に育った。当時はTVも自由に見られないなど葛藤があり、「帰れ!」と言ってしまったこともあったが気付いたら同じ道を歩んでいた。大学卒業後不登校や引きこもりの子どもを預かっていて皆半年もすると家に帰って行き、医者や一流企業に勤務することとなった為「結構やれそうだ」と思いその頃里親制度を知った為他で引き取り手のない子どもをどんどん引きうけている内に大変な子どもが集まることとなった。昔親が預った子どもが50年して帰ってきて生活立直し支援を受けホームで休息した後今預っている子どもの世話を手伝ってくれている。
Q.自分は保育士をしているのだが親からの愛情を受けられない為問題を持つ子どものことが昔から気になっておりその子らに寄り添いたい気持ちでこの職業についた。結婚した頃から里親になりたかったので今日のお話を聞いて興奮した。現在わが子が13歳で非行の真っ最中だが夫も「息子の非行は里親の訓練になる」と言ってくれており本日の先生の「神様の贈り物」の言葉で「わが子の非行は神様からの使命」と思うこととし三河の地で必ず夢を実現したいと再度決意した。
A.是非頑張って欲しい。
Q.わが子がADHD。育てにくい子どもだったが小5の時医療機関で判定され現在22歳。一歩外に出るとトラブルメーカーで思い通りにいかないとパニック状態になる為実の親でも「もう嫌だ!」と思う事がある。普通の子どもの様にしたいとマイナス面を直そうとし色々と尽くしても裏切られボロ雑巾の様になり他人様にお願いしたいと思うくらいだが先生は一旦子どもを引きうけて「もうお手上げだ」と思ったことはないのだろうか。
また仕事上でも細かい作業で同じミスをしてしまい叱責されることとなり居辛くなってしまう。ADHDの特性を良い面で生かせれば良いが親がその特性を探すのも難しいし取りあえず見つかった仕事をするしかない。先生が世話をした子ども達の仕事探しはどのようにされたのだろうか?心療内科で「もう諦めて自分の人生に目を向け子どものことは社会に育てて貰ったらどうか?」と助言された。
A.「この子がいなかったら良いのに」と思ったことは何度もある。お金を盗まれたり包丁を振り回されたり、隣家から苦情が出て家の周りをパトカーが巡回する始末。また子どもに注意したら「自分は虐待されている」と外で言いふらされて胸がぐらぐらしたこともある。
しかし「神様からの贈り物」と思い妻を慰めなだめ、自分は酒を飲んでさっと寝ることにしている。ADHDに関してはこの分野の専門家の半数は発達障害とも言われており、自分も仕事をむやみやたらに引き受け睡眠時間2〜3時間で生活してしまい「実行機能」が働かない為ADHDだと言われているがその特性で評価もされている。17歳くらいから注意欠陥は残るが多動は落ち着いてくるので特性をしっかり見極めやれたら良い。親は愚痴を聞いてやり安心して迷惑をかけられる場所となってやること。
ホームの子どもの就職に関しては履歴書に書き辛い期間もある為書き方を指導し、非行経験のある先輩がいる業界に頼み面倒をみて貰う。雇用主と酒を飲み理解を得るようにもした。ファミリーホーム改築の際もその雇い先にお願いした。
Q4.17歳19歳の孫を育てている。本日先生への相談の中の「子どもが親にドリルを買わせ父親を追い回す」という話を聞いて自分も朝子どもに蹴られて出てきた為先生がどのようなアドバイスをされたのか聞きたい。また職場の親方が引きたててくれる様なので相談に出向きたいが子どもが嫌がる。こちらに思うようにいかないことへの発散をぶつけてくるが限界もありこの会で息抜きをして「精一杯やっているのだからそれで良い」と思うようにしている。下の子どもは元やんちゃ系の社長のもとで働き半年続いている。
A.自分のところには親子関係に煮詰まり遠方からやってくる保護者もいる。保護者達への質問として「子どもが言う事を聞く人間はいないか?」と尋ねその人間を子育ての応援団に入って貰うように助言し、その地域の保健福祉センターに自分も電話をして支援を依頼している。暴力をふるう場合には「警察を呼ぶ気持ちはあるか」と尋ね耐えがたいなら呼ぶべきでその後孤立しないよう応援団を作っておくよう助言している。子どもと対話する時にカッとすると説教調の会話にしかならないので色々な会話の勉強をしている。事件を起こしてから注意するのでなく平常からコミュニケーションを取り、普段の生活上ルールを壁に貼ったり、きちんとした生活態度を取れたら誉める。ルールを守る間はホームにいることが出来ると伝える。
Q5.18歳の男子の親。中1から不登校に非行で15歳から荒れる。この会に参加し、心療内科で躁の薬を処方され飲めば効く。感情に波があり一つのことを落ち着いて出来ず人の話を理解しにくい性質がADHDかと疑うがそう診断はされていない。現在はパチスロでお金を稼ぐのでこちらに要求はしてこないが仕事につけないし自動車学校も「あそこも学校だから」と行かない。また切れるのが怖くて子どもの心に踏み込めないが自分のその接し方に疑問がありどうしたら良いだろうか。
A.ホームも改築前は壁に穴が開いてドアが外れかけていた。そのような表現しか出来ない子どももいる。子どもが切れそうになったらその子の好きな事の話題を向ける。頭に血が昇るとこちらも声が上ずり緊張関係が出来てしまうのでその空気を抜くよう工夫している。子ども達に学校でのような長話をせず、簡潔に3分と決めイエローカードとなる行動を話し、話の終わりには「ちゃんと聞けて偉かったね」と誉めている。カッとすると無意識に何度も同じ説教を繰り返すので「チキンラーメンの3分」としている。また子どもらの特性をわきまえて具体的な話し方で教えている。
カッとしたら子ども達が生まれ育った状況を思い浮かべ気持ちを落ち着かせている。皆わが子が生まれた日の事を思い出し頑張ってみて欲しい。
Q6.以前小澤先生のお宅で里親の様子を見て「とても自分にはやれない」と思うくらい大変そうだった。昼夜逆転の子もいて心落ち着く暇もなく体力面、精神面を維持するのは大変かと思うが維持する秘訣を教えて欲しい。またファミリーホームを作るにあたって愛知県からは450万の補助で居室ありの建物をこちらで用意するよう言われた。土井先生の家の構造や初期の様子を教えて欲しい。
A.やれるだけのことはやり、ポジティブシフト・楽天的に「なるようにしかならない」と考える。「土井サスペンス劇場は毎日放映中」などと笑い飛ばすしかない。自分の居場所を見出だしここにいたいと思う子どもがいるのだからと思う。神は乗り越えられるだけの荷物を与えているはずと考える。北海道の「ペテルの家」という精神障害者ホームでは妄想等を競う大会を開催し、自分達の生活をビデオ販売し治癒を求めずあるがままの姿を見せマイナスをプラスにする思考を持っている。
居住空間に関して厚生労働省の規定では一部屋六畳3名で良いとしている。土井ホームは2段ベッドを入れ1部屋4人の時期もあった。
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