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S高校受験が終わり私はその後Fと遊びに行きました。 この時点ではFは順調に付き合ってる『彼女』の筈でした。 しかし結果的にFとのデートはこの日が最後になりました。 数日後合格発表日S高校へ『合格確認』に行きました。 S高校校門であまり仲良しではありませんでしたが同じS中学の◯(男 苗字忘れました)がおかんと合格発表見に来ていて校門から帰る所でした。 私は◯に『受かっとった?』と聞くと◯は気まずそうに『あぁ』と答えました。 よく喋る◯が気まずそうにしてるのは一緒に居たおかんと何か揉めたんだと思い気にせずS高校合格発表ボードへと 合格発表ボードを見て『あれ?』っと思いもう一度合格者番号を『1 2 3 4 6 7 8 9 10・・・』 ◯が気まずそうにしてた訳が分かりました。 私の受験番号は『5』でした。 私は呆然としながらS中学校に受験結果報告に行き担任と顔を合わせるなり私の結果を既に他の奴から聞いていた担任は『今年一番の番狂わせや!』と半泣き状態でした。 しかし次の手段を考える為に既に担任は私宅に電話し私立I高校(男子校 高校野球界では兵庫県で報徳学園 東洋大姫路と共に3大名門校と言われ1993年には夏の甲子園で全国優勝もしてます) 2次試験受験を決めてて私に『今直ぐI高校で受験申請書貰うて来て』と言われ私立I高校2次試験受験となりました。 しかしFとはその晩電話で『ほら見てみいな!アタシの思うた通りやん!アンタなんか知らんわ!』と罵倒され少し私も歯向かってしまいヤバい状態になってしまいました。 私立I高校は1次試験を受験してたら私の学力では合格確率大だったみたいでしたが家庭の経済事情があり仕方ありませんでした。 私立I高校2次試験は受験者100弱で合格枠が20人と狭き門でしかも受験しに来てる奴らの学ランが青とか緑とか『何処の私立名門進学校やねん!』と言いたくなる程のレベル高い奴らだらけで私は試験前から『もうあかんわ』と諦めの気分で案の定『不合格』でした。 当たり前の結果を報告にM中学の担任に報告しに行き最後の砦である定時制高校受験となりました。 受験したのは当時住んでた区役所前にある『K高校』でした。 【次回最終回】 |
人生回顧録-だって苦楽共存だもの
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