|
今でも忘れられないあの顔立ち・・・1999年11月下旬の事でした。 その時私はその年の9月中旬から滋賀県庁所在地O市東隣K市で入寮工場派遣勤務&アパート寮住まいでした。 その日神戸市長田区の実家に用事があり日帰り帰省してて帰りの電車に乗りK市のアパート寮最寄駅へ向かってました。 しかし私は途中JR大阪駅で途中下車してプラットフォームの公衆電話から当時付き合っていた女の子が晩にアパート寮に遊びに来るのでその女の子の携帯電話にいつ頃アパート寮に戻れるか伝えました。 女の子への電話が終わり直ぐに次に発車の電車に乗りました。 そのJR線の大阪府内で一番京都府寄りの高槻駅に停車しましたがなかなか発車しませんでした。 アナウンスで『只今山崎駅との間で人身事故が発生しております。発車迄暫くお待ち下さい。』と言う。 暫くして私が乗っていた電車は発車しましたが当時隣接するJR山崎駅との中間辺りで停止してしまいました。 私は気にせずに持ってた雑誌を読んでましたが10分程してもまだ停止したままなので2両目の一番後ろ側の座席に座ってた私は身体を前のめりにして1両目方向を向くと1両目の乗客が次々と1両目の一番前の片側を覗いてました。 私は気になりましたが大した事無いと思って野次馬根性は起こらずその場で窓の外側を見てると『只今から発車します』のアナウンスと共に徐行運転し始めました。 快速列車が動き始めて直ぐに私が見ていた位置からも停止していた時の1両目一番前辺りの隣の線路上に人が横たわってるのが見えました。 JR職員2人がそれを見詰めてました。 私は一瞬何故か?酔っ払いが寝ている様に思えましたがその横たわっている人の前を徐行運転で通り過ぎる時ビックリしました! それは腹の部分が列車に轢かれて上半身と下半身が2つに切断されてる小学校入ってるか入る前かと思わしき男の子の『轢断死体』でした。 年頃からして自殺は有り得ず私が思うにその子供は電車が近付きつつあるタイミングで線路を横切ろうとしたがその電車が走行してる線路で躓いて転んで恐怖のあまり動けなくなってそのまま電車に轢かれたと思われます。 轢断された子供の顔付きは『断末魔の叫び』の様でおそらく泣き叫んでる状態で轢かれて即死した為に泣き叫んでる顔付きのままの死に顔になったと思われます。 |
全体表示
[ リスト ]


