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僕は、星と一緒

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僕は、星と一緒(1)

僕はひとり

独りぼっち

それでもいいと思った

その方がいいと思った

僕なんていらないんだと思った

僕なんて邪魔なんだって思った

僕はひとり

ひとりっきりで

駅を目指した

坂の下の、もっと先の最寄り駅

家からは、随分遠い最寄り駅

でも今日は、そのもっともっと先まで行くつもりだった

どうせ独りの方がいいのだから、もっとさらに独りになろうと考えた

独りになって、あいつらを見返してやりたかった

だから、駅を目指した

家出した僕には

もう...戻る家なんてない

もう嫌だった

毎日のように勉強しろと言い続ける母親も

中学受験なんて当然受かるべきと言い放つ父親も

出来のいい、僕なんかとは違いすぎる兄貴にも

みんなみんな嫌だった

嫌で嫌で

嫌で嫌で嫌で嫌で

苛立ってムカついて腹が立って頭にきて

僕の事を、誰も、何にも分かってないじゃないか、って叫んで

だから僕は、家を出た

貯金箱を叩き割り、身の回りを整えて、財布と時計だけ持って

それだけで

家を出た

遠くへ

とにかく遠くへ行きたかった

そんな、分不相応なことを、本気で考えていた






駅には、すぐ着いた

思ったよりも、すぐ着いた

夕暮れ時の駅前は、少し人が多いように感じた

たくさんの人が、僕を不信がっているんじゃないかと、そう感じた

でも、そんなものを振り切り

僕は、切符売り場の前に立つ

それでもどこかに不安を抱えながら、料金表を見上げた



「あ...」



だけど

そこで、止まってしまった

呆然としてしまう僕がいた

何も思いつかない僕がいた

行き先がまるで思いつかない、僕がいた

手が...震えてきた

唇を...噛んでいた

鼻が...ツンとした

目が...宙を彷徨った

「っ!」

それでも、僕はボタンを押す

とにかく千円入れて、ボタンを押す

740円のボタンを押す

急いで急いで

とにかく急いで切符を買わなければならなかった

こんなとこで、止まってしまう訳にはいかなかった

そして、すぐに吐き出される切符

それを、震える拳で握り締め、改札口に向かう

足早に、改札に向かう

目を伏せて

何も考えないように

歯を食いしばって

早く、早く

早く早く






「あ...」

でも

それなのに

その歩みは...

途中で



「............」



止まって、しまった

改札のすぐ手前

後は、改札の機械に切符を入れるだけの

そんなわずかな距離を前にして

僕は、止まってしまっていた

僕は、遠くへなんて行けるほど

赤ん坊でも、まして大人でも、ありはしなかった

理解し切れていない、けれど、知らない訳でもない現実が...僕の目の前には横たわっていた






山に、登ることにした

山といっても、ハイキング程度で登れる低い山

学校の近くにある、まさに裏山

標高300mくらいのほんの小さな山

そこに、登ることにした

意味なんてない

そもそも、今の僕には、何もない

遠くへ行く勇気も

お金も

今はもう、行く当てすらも

本当に何もない

何にもなくて、何も出来ない

どうしようもなく、ダメな僕

いや

それすらも違うのか

もう今となっては、何もないと、そう思い込みたいだけ

被害者面して、同情を誘いたいだけ

心配、して欲しいだけ



「くっ...」



なんて、ちっぽけな奴なんだろう

分かってはいたけど

自分の大きさなんて分かっていたけど

それでも、あんまりに惨めで

あんまりにも愚か過ぎるじゃないか

こんな奴、いっそ死んでしまった方がいいんじゃないかとすら思えてしまうくらいだ

でも僕には、そんな大それたことなんて、それこそ出来るはずがない

僕は、家出すらまともにできない、ただの意気地なしだ






ふらふらとした足取りで、山を登る

頭がぼんやりして、脳みそにモヤがかかっている

考え付くのは、後ろ向きで、下らなくて、ネガティブなことばかり

もういい加減、笑ってしまいたくすらなってきた

そんな風に、自分に呆れ果てた頃

僕は、山の頂上に辿り着いていた

「...はぁ」

息をついて、その場にへたり込む

山を登りきった爽快感などありはしない

むしろ疲労感と空虚感が増しただけ

むき出しの赤茶けた地面に目を向けて、そのまま呆けて、そこに存在しているってだけ

もうすぐ夜になる

日は沈みかけ、辺りに夕闇が迫ってきている

もうすぐ夏だというのに、寒々とした空気が、僕の体と心を支配していた

同時に、もう何も思いつかなくなっている自分がいる

何を考えても無意味だと、そう思っている自分がいる

そのままで

時間が過ぎていった

ただただ虚無で

どこまでも無意味な時間が、刻々と過ぎていった

僕は、星と一緒(2)

「...ぁ」

眠っていたのだろうか

頭がぼんやりとして、よく分からない

ふっと気になり、時計を見やる

9時

それを見て、確かに寝ていた事を理解した

そういえば、見てみたかったテレビ番組の時間でもあるようだった

学校で話題になっているドラマ

気になって、時間帯だけ調べた、そんな番組

けれど実際には、そんなドラマは、たったの一度として見たことはない

ずっと、その時間帯は勉強の時間だった

毎日毎日が、勉強の時間だった

「ほら、勉強だけじゃないか...」

ずっと、勉強だけ

それ以外の何かは、ほとんど知らない

話題に上る番組も

流行っている音楽も

他愛ない、みんなが知っている言葉の意味も

何にも

何にも

そこそこ勉強が出来ても、僕は...いつも独り

友達はいても、でも、そいつらとでさえ、たまに話がズレる

分からない言葉の応酬

でも、聞かれれば答えないわけにもいかず、聞いた知識だけのまるで分かっていない言葉を答える

知ったかぶりして、みんなを誤魔化して、たくさんの嘘をついて

それでもみんなに合わせて

どうにか付いていこうとして

置いてかれないように、みんなの話に聞き耳立てて

でも、それじゃ全然足らなくて

全然、追いつけなくて

全然、分からなくて

だから

だから家を出たんだ

だから、誰も僕を知らない、遠くへ、行きたかったんだ

別に、勉強そのものが嫌なわけじゃない

中学受験だって、むしろ望むところだ

比較されるのは嫌だけど、兄貴のことは尊敬している

でも

だけど

みんなと、ズレるのは嫌なんだ

気づけば、隣にいたはずの誰かがもういない

振り返っても、そこには、とっくに一人もいない

僕よりずっと先にいる、僕の知っている、でも分からない奴ら

追いつかない

追いつけない

僕のスピードじゃ、とてもじゃないけど追いつかない

苦しい

辛い

悲しい

気持ち悪い

どうしようもない劣等感

どうしようもない敗北感

それが、ここで佇んでいる僕の全てだった



「分かってるよ...そんなの...」



僕はひとり

いつも独り

それでもいいと思った

その方がいいと思った

諦めて

嘆いて

反抗することも出来ない

自分の意見も言うことも出来ない

真剣に頑張ろうとすらしていない

何もない、僕

何も出来ない、僕

「はははっ...」

笑い声がこぼれる

自分を嘲るだけの笑い声

もう、いいや

どうでもいいや

どうせ僕には、何も...

何も...

何にも誇れるものなんて、ありはしな...



「あ...」



そこで、気づいた

空を仰いでいて、気づいた

真上にある夜空を見て気づいた

鼻が、ツンとした

胸が、高鳴った

目を、見開いていた

その瞬間、涙がこぼれた



「ほ、し...」



そう

星があった

星しかなかった

星だけだった

もう、目の前は星の世界しか、存在しなかった

満天の星空、なんてものは、そこにはない

さすがに、こんな天気ではそんなものは望めない

風が強くて、薄い雲がかかっている

場所も、明る過ぎてダメだ

でも、そこには確かに、涙が出るほどに綺麗な、星空があった



「星...」





星座

神話

昔から、好きだった

遥か昔の、夢と幻と空想世界

夢を描いていた、数年前

だけど気づけば、それらの想い出も、今はもう物置に閉じ込められている

あれほど大事にしていたはずなのに

あれほど嬉しかったはずなのに

あれほど楽しかったはずなのに

だけど、そんな想いは、当の昔に閉じ込めて

ずっと昔に閉じ込めてしまって

だけど

だけどもし

もしも、また星を見始めたら

僕は...

僕は...



「なら、もう一度、だけ」



そう

もう一度

そんな、夢を見てみても、いいんじゃないか、そう思った

その、すぐに数え切れそうな程度の星空を見て、そう思った

そんなに高いものじゃなかったけれど、宝物だったはずの天体望遠鏡

いつしか忘れていた、星への願い

それを、もう一度

思い出してみても、いいんじゃないだろうか



「別に、きっと、何の役にも立たないんだろうけど」



本当にそう

勉強に役立たないのは当然として

友達にも、星に詳しい奴なんて一人もいない

だからきっと、みんなからは「あっ、そう」くらいの価値しかなくて

「だから、何?」なんて、聞き返されてしまうはずのもので

今の僕が、悩んでいることについて、それこそ何の解決にもならないのだけど

でも

やっぱり

「僕は、星をみていたいんだ」





真夜中、ようやく家に帰った

存分に星を見つめていたものだから、帰った時は11時を回っていた

両親は、とても心配してくれていた

僕の友達やクラスメイト全員に電話して、警察にも電話していた

あと少しで、正式に捜索依頼も出すつもりだったらしい

ついでに、やっぱり殴られもした

それと、友達からも、立て続けに電話がかかってきた

どこに行ってたんだよ、とか、一体その時間どうしてたんだよ、とか

心配した、とか、安心した、とか

そんなやり取りが続いて

僕は、また、涙を流していた

笑いながら、涙を流していた





その日から、僕の日常に、天体観測の時間が加わった

勉強をちゃんとすることを条件に、その楽しみな時間が加わった

物置の奥のほうに仕舞い込んであった望遠鏡を取り出し

丹念に丹念に、丁寧に丁寧にレンズを手入れして

結構な箇所が、壊れていたけど、それをお年玉やら小遣いで修理して

今はほぼ、昔通り

新品には届かないけれど

でも、とても綺麗になった、僕の宝物

これからきっと、僕は毎日のように星を見続けるだろう

昔以上に、星について知りたいと思うのだろう

それで、別に何が変わるわけでもない

何かが起こるわけでもない

それでも、やっぱり僕はこの天体望遠鏡で、綺麗な夜空を見続けていくと思う

みんなとのズレから、逃げることなく、ちゃんと向き合っていけると思う

だってこの星空が、いつもいつも、僕のことを見守っていてくれるのだから






僕には家族がいる

僕には友達もいる

それがいいと思った

そうじゃなきゃダメだと思った

夜空の星が、僕にそう教えてくれた

みんなとの繋がりを、僕に思い出させてくれた

僕は、星と一緒

僕は、みんなと一緒

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