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描いた
描いた
描いた
描いた
何度も描いた
何度も描いた
何度も消して
何度も描き直して
何度も破り捨てて
納得なんてできなかった
まだ何かが出来ると思った
まだ何かが足りないと思った
まだまだ、俺には何かがあると信じたかった
何かがあると信じて
まだまだ俺の知らない何かが眠っていると思い込んで...
なのに...
俺は今、古びたイーゼルを前にして
ぐちゃぐちゃに塗りたくった失敗作を前にして
一つも筆を走らせるもことなく
ただひたすらに、目の前の虚空を眺めていた
もうそうすることしか...できなくなっていた
『セピア色の夕暮れ』
ライバルがいた
高校の頃からずっと凌ぎを削りあってきたライバル
俺の生涯ただ独りのライバルにして、同時に俺の無二の親友でもあるそいつ
俺は、あいつに負けたくなかった
あいつにだけは、絶対に負けられなかった
何が何でもあいつに勝って、何が何でも...あいつを見返したかった
見返して見返して、とにかく優位に立ちたかった
優位に立って、自信を持って、とにかくあいつのライバルであることを自認したかった
ずっと、ライバルであり続けたかった
なのに...
あいつからすれば、俺はもうとっくにライバルなんかではなくなっていて
とっくの昔に、置いてけぼりを食らってしまっていて
それはもう、あいつからすれば絶対的なアドバンテージだった
直視できないほどの、圧倒的な敗北感だった
今はもう、プロとして活躍しているあいつ
絵だけで飯をくっていくことのできるあいつ
幾つもの賞をとり、幾つもの雑誌に紹介されて、もはや著名人として扱われるほどの地位にいるあいつ
温厚で、優しくて、誰にも気を配れて、そして誰からも愛されるあいつ
俺は、そんなあいつにだけは負けたくなかった
ずっと一緒に頑張ってきたあいつにだけは...負けられなかった
負け続けてなんて、いられるわけがなかった
それなのに...
それなのに...
それ、なのに...
俺は今...ここに止まってしまっている
絵を描く事ができなくなってしまっている
満足に筆を走らせる事も出来なくなって、ただ呆然と虚空を眺めている
もう体が、まるで言う事を聞かない
視界が定まらず
頭が働かず
腕にも手にも、ついには指先すらも、まるで力が入らなくなっていた
俺はもう、ここで死ぬんだ
そんなことまで、考え始めるほどになっていた
「...悔しい」
口から漏れ出る自分の言葉が、からっぽの頭の中で反芻される
悔しい
悔しい
悔しい
悔しい
悔しい
悔しい
悔しい
悔しいっ
何でこの程度なんだっ
どうして俺はここまでなんだっ
何だって、こんなところで立ち止まらなきゃいけないんだ
どうすれば、あいつみたいな良い絵が描ける?
どうすればあいつの絵を超えられる
どうすれば
どうすれば
どうすればっ
どうすればっっ!
「ちく...しょうっ......」
出口のない袋小路
答えのない現実
迷路にはまった愚か者
何も思いつかない、限界を前にして立ち止まる俺
俺は...ここまでなのか...
俺は所詮ここまでで、ただこうして朽ち果てていくのだろうか
誰にも認められることなく
誰にも見向きもされず
ただひたすらに、死に向かって歩き続けていくのか
絵しか取り柄のない俺が、この世界で他に何が出来るというのか
俺にはこれしか道がないとやってきて、それを今更捨てろというのか
そんなの...
そんなのは...
そんな、ことは
そんなことなんて、認められない
認めてたまるものか
どうあっても、俺はっ...
俺はっ!
俺はぁぁっ!!
「ぁっ...」
そこで、一枚の絵が頭をよぎる
それはかつて見た、ある草原を描いた夕暮れの絵画
今はもうセピア色にくすんでしまった...
けれど永遠に忘れることのできない、想い出の一枚
見も知らぬ女性の、美しい人物画
その瞬間、俺の指先に力が戻る
その想い出は、俺の中に自然に入り込み、この俺の心を奮わせてくれた
今一度、地に伏した俺を奮い立たせてくれた
いつだって、その想い出は、俺を勇気づけてくれたんだ
「俺は...絵を、描いていく...」
「描いて描いて描き続けて...ずっと絵と共に生きていくんだっ...」
再び筆をとり、また新しい絵を描き始める俺
誰も助けてなんてくれない
誰にも助けられるわけがない
これは俺の戦いだ
俺があいつのライバルとして、再び舞台に上がれるかどうかの正念場だ
ならば、こんなところで「くたばっていろ」だなんてそんなこと、例え神であっても、許されていいわけがない
許されてなんてたまるものかっ!
だから描いた
また描き始めた
ろくに頭が働かなくとも
満足に指先が動かなくとも
俺は描き続けた
結局は今の俺には、描き続ける他、できることなんてなかったのだ
それ以外、できることなんてありはしないのだ
そうして、少しずつ描かれていく絵を前に、俺は今、すべての衝動を、この目の前にある一枚の絵にぶつけ続けていた
結果発表の当日
俺は、グランプリと銘打たれたその絵の前で、呆然と立ち尽くしていた
何も考えられず
何も思いつかず
何も手に付かず
うつむいて
目の前を真っ暗にして
ただただ、呆然と独り、その場で立ち尽くしていた
『荻野秀作』
そう...あいつの名前が書かれた、グランプリの絵を前にして
俺はただ...またも敗北感に打ちのめされる以外、何も出来ることがなかった
どうしようもなく...惨めだった
惨めで惨めで、あまりに情けなさ過ぎた
「孝也」
そこで、自分の名前を呼ばれたのに気づく
瞬間誰のものかも分からず、ただ反射のみで、俺はその声の主を見やってしまう
「っ!!」
でも、すぐにそんな軽率に後悔した
いっそ、すぐにここを立ち去ればよかったのだ
振り向かず、決して意識なんてしなければよかったんだ
なぜなら、なぜならそこには
「...シュウ」
シュウ
荻野秀作
俺の親友にして、目の前にある絵の作者
昨年に続き、今回もグランプリを受賞した、プロの画家
そんな、俺にはあまりに遠過ぎる位置にいる、本物の絵描きの先生が立っていたからだ
「...おしかったな」
開口一番、シュウはそう言った
「............」
俺は、何も答えない
答えられる余裕なんてない
何だよお前、この俺を笑いに来たのか?
ああ、それとも蔑みに来たのか...
それともあるいは、この俺に、同情しに来たとでも言うつもりなのかよ
「...良かったよ。孝也の絵」
「............」
同情か...
ああ、お前らしいよ
いつも優しくて、いつも正しくて、いつもカッコいいことばかり言うお前にはさ
「本当に良い絵だった。心からそう思ってる。あれが佳作だなんて、正直信じられない」
うるせぇよ...
同情なんてすんなよ...
余計惨めになるじゃねぇかよ...
惨めになりすぎて、もう訳わかんねぇよ...
「......せぇよ」
「...え?」
「うるせぇっつってんだってめぇはよっ!!!」
「孝也...」
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