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愛は、永遠だろうか
僕は、いつもその事に怯えていた
彼女を失ったあの日から、ずっと考え続けていた
考えて考えて考えて、それでもやっぱり答えなんて出る筈もなくて
彼女が愛しくて
彼女が忘れられなくて
それでも毎日は残酷なまでに過ぎていって
どうしようもなく悲しくて
どうしようもなく切なくて
どうしようもなく淋しくて
でも...
それなのに、時々思ってしまう瞬間というものがある
例えば、テレビを見て笑ってしまっているとき
例えば、仕事に追われ、忙殺されているとき
例えば、夜に酷く疲れて、すぐさま寝入ってしまいそうなとき
そんなとき、僕は彼女を忘れていた
彼女を忘れて、意識の外に、彼女の存在を追いやってしまっていた
あんなにも愛していたはずなのに
あんなにも涙を流して過ごしていたはずなのに
あんなにも、彼女の後を、追いかけたかったはずなのに
愛は、永遠だろうか
永遠で、あっていてくれるのだろうか
僕は、彼女を永遠に愛していけるのだろうか
神様、お願いです
どうか、そう信じさせてください
お願いですから...彼女の事を永遠に愛し続けさせてください
他のものなんて、何もなくても構わないから...
何も欲しいなんて思わないから...
だから、どうか...彼女を...忘れさせないでください...
そう...心から、思っていた
そう、願っていた...はずだった
『プラチナ』
日々は、いつも通りに過ぎていく
朝、太陽が昇る前に家を出て
ようやく日が昇ったころに電車に乗り
満員電車に揺られながら、カバンを抱え
家から50分近くをかけて、ようやく会社の最寄り駅を降りて
途中、コンビ二で新聞と飲み物を買い、それらを片手に持ったまま、会社の事務所に足を踏み入れる
会社に到着したら、飲み物片手に新聞を読み漁り、今日のポイントに目を通して、その日の営業トークに使えそうな話題をかき集める
時事ネタは重要な営業ツールだ
経済関連は必須だが、特にスポーツネタや芸能ネタについても洩らさずチェックする
そして、朝礼の時間を手持ち無沙汰にやり過ごし、僕はすぐに飛び込みの営業に出かける準備を始める
後は日がな一日、外を歩き回るだけだ
もちろん昼食はとるが、大抵はコンビニのおにぎりか惣菜物のパンのどちらか、それとあと飲み物を一つだけ
それに、その食事の時間でさえ、回るべき営業先の情報チェックと、それに合わせた営業トークの再確認に割り当てた
そうして、大体毎日を、この乾いた冬空が黒く暗くなるまで、延々と外を歩き続けるのだ
暗くなってからは一度会社に戻り、上司にその日の報告をする
ここはどうにか
そこは今週中に
その場所はダメみたいです
なんて、簡単な報告をして、いつも通りに事務作業に入る
外に出ている分、僕の場合はその手合いのものが溜まってしまう事が多い
テレアポ営業にシフトしてもいいのだが、僕はどうにも電話応対ってやつが苦手だった
その事務作業にも目処が立てば、次は自身の営業手法についての再確認
みんなで集まって、それぞれの良いところと悪いところについて意見を出し合う
ここはこうしようか
それはダメだろう
ならこうしてみるとかいいんじゃないか
そんな議論を繰り返す
で、それも終われば、次は飲み会に移行
遠慮する人もいるのだが、僕は基本的に参加し、夕食もかねて、会社の同僚達とこれまた延々と飲み続けた
もちろんここでも会社の話が基本
どうすりゃ上手くいくかな?
あの上司苦手なんだよね?
あの人って辞めたんだ
不景気なんていい加減勘弁してくれよな〜
なんて、そんな益体もない会話に、程よく相槌を打って過ごした
その後は、別の飲み屋に行く事もあれば、カラオケやらキャバクラに行く事もあるし、或いはその場でお開きになることもある
今日はお開きになるパターンで、同僚達に軽く挨拶をして、足早に駅へと歩を進めた
帰りの電車でも席に座れることはなく、開いては閉まる事の多いドアのすぐ側に寄りかかりながら、外の流れる明りの灯った景色を呆然と眺め続ける
そしてようやく家に帰りつき、体...主に足に疲労感を覚えるのだが、すぐに服を脱いでシャワーを浴びる
冬だとしても浴槽にお湯を溜めることはなく、大抵はシャワーで済ませてしまう
ふと見下ろすと、昔あれだけ鍛えていた体は見る影もなく、今はもう随分と柔らかくなってしまった全身を少し情けなく思いながらも、その表面を丁寧に洗い流した
風呂から上がりテレビをつけ、ソファー代わりでもあるベッドに腰をかける
いつもこの時間には大して興味のある番組はなく、ただ眺めていることが多い
でもそれにも段々と飽きてきて、そうしたらすぐに明りを消して布団の中にもぐりこんだ
一度だけ、僕に向かって微笑んでくれている彼女の写真に、何の感慨も起こさないように、ほんの少しの時間だけ、目を、移してから...
こうして、僕の毎日は、大した変化もなく過ぎて行く
何も変わることなく、何も変えないように、その毎日をやり過ごしていた
休日は、当てもなく歩く
生憎と無趣味な人間で、普段は何もすることがない
大学の頃まで続けていたテニスも今はもうすることはなく、当事使っていたラケットも、すでにどこかに埋められたか、或いは跡形もなく燃え尽きていることと思う
また、友人連中とも縁は切れていて
同情されたのか、それとも単純に忙しいのかは、とりあえずは、もう簡単なやり取りすら取らなくなっていた
なのでその日も、近くの公園をぶらつくことになる
お金に余裕でもあれば買い物にでも出かけるのだが、親に仕送りをしているこの身では、そんな余計なものもありはしない
でも、それでも一人で家にいるのは嫌いだった
どうしても頭に浮かんでしまう昔のことに時間を割くのは、どうしようもなく嫌だった
だからその点で、この公園は重宝している
静か過ぎるわけでも、にぎやか過ぎるわけでもない
ほどよく子供達が遊んでいて、ほどよく大人達もその子供に付き合っていて
広さ的にも十分なスペースが確保されており、多少寒いのが玉に瑕だけど、それでも日当たりは十分に良好だった
近くの自販機でコーヒーを買い、そして誰も腰掛けていないベンチに座る
缶コーヒーの温かさに手を暖めながら、胸に忍ばせてあった文庫本を手に取り、それを読み始めるのが、ここ最近の僕の休日の過ごし方だ
時折、コートとマフラーの隙間から風が入り込むこともあるが、それでもこうして日の当たる、そして開けた場所で本を読むのは好きだった
いつも彼女と一緒に、二人でこうして過ごすのが、とても...とても大好きだったから...
4年と3ヶ月前
僕は、彼女と死別した
最初から、分かっていたことだった
分かっていた上で、僕はまだ若いながらに、彼女と結婚したのだ
覚悟した上で、いずれやってくる彼女の死を理解した上で、僕は彼女と一緒になったのだ
...けれど
僕は本当は、やっぱり何もまるで分かってなくて
その日なんて来ない事を、ずっと心の中で願っていて
元気に笑って過ごしていた彼女を見ながら、きっとずっと一緒にいられるんだなんて、そんな夢にすがって生きていて
けれど、現実はいつも僕達に厳しく、まるで予定調和のように...
彼女は、その最期の日を迎えた
最期の1ヶ月は、僕はもうずっと彼女の側にいた
病院には無理を言って、どうにか病室にいてもいいように取り計らってもらった
彼女と病院は、昔からの付き合いであったこともあり、どうにか許可を頂いたのだ
けれど、それは思いのほか辛かった
日に日に衰えていく彼女
毎日のように激痛と闘い、そしていつも敗北を喫している彼女
もうろくに体を動かす事もできず、水を飲むことすら困難な彼女
少し調子のいいときでも、もう前のように車椅子を引いてあげる事も叶わない
以前はややふっくらしていた彼女の頬は大分にこけてしまい、その全身はすでに相当に骨ばってしまっている
その肌に触れれば、しっとりとした感触は感じられず、もうまるで老人の肌のようにカサカサしたものになっていた
それでも彼女は、僕の前では気丈に振舞い、できる限りずっと笑顔で居続けてくれ
その...痛々しいまで笑顔を、僕に向け続けてくれ
泣きそうになってしまう僕を「泣かないで」と、いつもいつも、優しく慰めてくれていた
本人の方が、よっぽど辛いはずのに、いつも必ず、よっぽど弱い僕を...慰め続けてくれていた
慰められ続けることにすら、泣けてきた
弱い自分
強い彼女
何も出来ない自分
死を受け止め続けてきた彼女
遺される僕
逝ってしまう彼女
もう...どうしようもなく、苦しかった
苦しくて苦しくて苦しくて、本当なら普通に接していたいのに苦し過ぎて
現実がこうも厳しくて
いつも彼女に気を使わせて
いつも彼女に慰められて
いつもいつも、僕は泣きそうになってしまっていて
結局は涙を流してしまっていて
そしてまた慰められて...
もう...こんな自分に、ほとほと嫌気が差していた
嫌気が差し過ぎて、時にはどこかの壁に拳を打ち付けていた
どこかの屋上で、涙を流しながら叫んでいた
せめて痛みだけでも変わってあげたかった
叶うなら、彼女の死を僕が背負ってあげたかった
僕が死んで、彼女にこそ生きていて欲しかった
でもそんなことを思う時、彼女はいつも自分の左手を僕に見せてくれる
その絆を、僕に見せてくれる
「ほら、私達は、いつも、一緒、だよ...?」
その薬指には、僕達の結婚指輪
絆を意味するプラチナのリング
当然同じものが、僕の左手にもはめられていて
今このときも、僕と彼女の心を繫げてくれていた
それは、お互いを想い合う、絆の証
永遠の愛を誓い合った、約束の形
「ね?一緒...」
彼女は笑顔のままそう呟いて、僕は、それにいつも頷いて
何度も何度も頷いて、彼女のその震える手を、力いっぱいに握り締めていた
もう骨と皮だけになったその手を、涙を零しながら、彼女が眠りに付くまで、ずっとずっと握り締め続けていた
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