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ファインダーを覗き込むと、そこには懐かしい世界が広がっていた
一瞬の青ときらめく青
それと黒のグラデーションに彩られた世界
プレアデス ペガスス アンドロメダ...
夜空を彩る鮮やかな星の世界
よくある星の写真と比べればつたない世界だが、それでも十分に綺麗だった
思い出を振りかえられれば十分だった
これが見られれば、わざわざレンタカーを借りて来た甲斐もあった気がする
明るい街の近くにある家では見えない世界が見られて良かった気がする
でも、ふと思ってしまう
「懐かしい...か」
その世界は、いつ見ても、俺をワクワクさせるものだった
いつも、気落ちした俺を慰めてくれるもの...だった
もう何年も前
「悠久」とか「ロマン」なんて言葉を重ねた
夢とか、希望とかを信じさせてくれていた世界
だけど、今はもう、そうは思えないらしい
今の俺が思う、最初の感想は「懐かしい」
ワクワクするとか楽しいとか、そんな気分の良くなるものじゃなく...ただ、「懐かしい」
それが、少しだけ切なかった
ほんの...少しだけ
『星空の下二人』
別に目的があったわけじゃない
いつも通りに見た、いつの間にか見ていたネットの天気予報
それによると、夜を通してずっと天気が良さそうで
たまたま休みの日が、そんな天気の良い、空気の澄んでいる日らしくて
仕事の方も、俺から得意先に電話する必要もなさそうで
突然に会社に呼び出される心配も、今のところなさそうで
だから
別に決心したわけでもなく
ただなんとなく
ほんの気まぐれに
そう、思っただけ
ただ怠惰に体を休めるよりも
溜まってしまったテレビの録画をぼーっと眺めるよりも
少しだけ
ほんの少しだけ
「たまには、星を見に行こう...かな」、なんて
少しだけ強く
そう、思っただけ
勉強が得意という訳でも、運動に自信があるわけでもなかった
だからこそ...なのか、とにかく昔から、星が好きだった
きっかけは、小さい頃に親に連れてもらったオートキャンプ場で空を見上げた時だったと思う
その時の星空があんまりに綺麗で
その時からずっと、そんな綺麗な星空が好きで
キャンプから帰って以来、お年玉とか毎月の少ない小遣いを少しずつ少しずつ貯めて
手伝える事を探して、少しばかりのお駄賃を貰って
あと少しで買えそうになったら、母さんに小遣いの前借までして
何ヶ月もかけて、ようやく天体望遠鏡を買った
その時は、心の底から感動したのを覚えている
感動できていたのを、覚えている
高校時代
弱小天文部に籍を置いた
数少ない同じ天文部の連中と徹夜で色んなことを話した
眠気を振り払いながら、でもドキドキしながら星を見ていた
あの時は
あんな綺麗な世界をずっと眺めていければいいな、なんて
自分で見つけた星に名前がつけられたらいいな、なんて
いつかはそれに関わる仕事につければいいな、なんて
そんな風に、漠然と、思っていた
でも、同時に「そんなの...無理だよな」なんて思ってもいた
中途半端に大人になってしまった
現実が分かるようになってしまっていた俺は
そう、思っていた
秀でたものがあるわけでもない
ただ、星の事が好きなだけの俺に
「何か」が出来るなんて、思えなかった
到底、信じられなかった
それが、少しだけ悲しかった
履歴書に書く趣味の欄に、「天体観測」と記入する事になるのが...切なかった
「天体観測ですか?」
「ふぇっ!?」
びっくりした
あまりに突然声をかけられたので
肩に電気が走った感じにびっくりした
声も見事に裏返ってしまい恥ずかしいったらない
「あっ...ごめんなさいっ、驚かせるつもりは無かったんだけど...」
控えめに謝罪するソプラノ
「いや...気にしないで...」
とっさに声が先に出た
ろくに相手を見ないで言葉を発するのは久しぶりだった
ついでに、ごめんなさい、という言葉を聞くのも久しぶりだったような気がする
いつもは、すみません、か申し訳ありません、だ
「ふぅ...」
軽く息を吐いて、何気なく声の先を見た
「ぁ...」
また、ちょっとだけ驚いた
胸がズキっとなる感じに驚いた
「ん?どうかしたんですか?」
くったくない感じに言葉を発する彼女
澄んだソプラノ
自然と首をかしげるその姿は...実に可愛らしいものだった
本当に、そう思えた
「ぁ...いや、なんでもないよ...」
慌てた感じにかぶりを振る
声も、普段感情をつけないで話す俺なのだが
その時は、やや驚いていた事も手伝い、目の前のやや幼さを残す中学生くらいの彼女に対して
つい優しい感じに声を出すように気を使っていた
「えっと...それより、キミ、俺に何か用?」
口にした瞬間に後悔した
やたらぶしつけな質問だったんじゃないかと思う
優しく話そうとしていたのにこれだ
時々本気で嫌になる
中途半端な俺に本気で嫌になる
「あ、ごめん、へんな聞き方だったよね」
すぐ謝罪
悪いと思えるところは早めに誤っておいた方が良いと思った
「え?あ、いえ、気にしないでだいじょうぶです」
何がおかしいのか、くすくすっと笑いながら答える彼女
不自然なくらいに、自然な仕草だった
「あ...え〜と、それでですね、お兄さんに話し掛けたのは...その、天体観測、してたの
で、つい...」
「............」
「?...どうかしましたか?」
「あ?...いやなんでもないよ」
さっきから同じようなことを繰り返す俺
それをまた、くすくすっと微笑みながら見る彼女
そんな情けない感じの始まり方の、俺と彼女の短い夜だった
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