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波の音が聞こえた
すぐそばを、浴衣姿の、僕と同い年くらいの子達が二人で駆けて行った
その顔には満面の笑みが浮かんでいるようだった
なんとなく、冷めた目でその子達を目で追う
右手のインスタントカメラがきしむ
夏休み
今日は、この近くでお祭りが開かれているらしい
『マヒルノマツリ』
海辺の土手を歩く
土手の下には砂浜が広がっていた
その向こうには海
少し、波が荒れている気がする
空を見上げると、真上にギラギラと暑苦しい太陽が浮かんでいた
あつい
あつくてたまらない
「あつい...」
口にしてみる
暑さが変わるわけでもない
一瞬でいいから気温を0度にしてくれ、と心の中で愚痴る
言葉にはしない
意味も無い
ただ、そうやって愚痴って、勝手にふて腐れていたいだけだ、というのも自分で分かっていた
「...ったく、なんでこんなとこに」
一人愚痴る
隣には誰もいない
親も妹も、当然友達も
ここは、知らない場所
知らない海
知らない街
「何も無いな。ここ」
そうはいうものの、自分が住んでいる場所と比べて、何かが違うわけでもなかった
街の感じは、むしろここの方が街らしい
「はぁ...」
暑さとうんざり感にまた溜息をついた
今回の旅行には、最初から乗り気ではなかった
そもそもの目的が墓参りで退屈なものだというのも分かっていたからだ
車で何時間もかけて親戚のおばさんの家に行って
二時間ぐらいお墓の掃除をして
居心地悪いおばさんの家で、親達が話している一、二時間ぐらい黙ったまま足を投げ出していた
まぁ、お菓子が貰えたのは嬉しかったけど
それでも退屈である事には変わらない
家までの帰り道、温泉宿に泊まることも分かっていた
これは悪くは無いと思った
広いお風呂は気持ちが良かったし、夕飯は豪勢だった
ファミコンがないのは、少し残念だったけど
ともかく今日、やっと家に帰るらしい
ただ、帰るのは夕方になってから
早く帰ろうと何度もねだったがダメだった
今、親と妹は温泉に入っている
僕も誘われたけど、お風呂はいいや、という気持ちと、親への反抗心から、一人外に出る事にした
かといって、別に遊ぶことは余り期待していない
ただ、右手に持ったインスタントカメラ
残り枚数が3枚
その残りを、使ってもいいのかを父さんから了解を取っていた
こういった機械的なものは好きだったし、シャッターを切る瞬間の感覚も好きだった
カメラの中から機械的な音がするのも、なんだかカッコよかった
いつもは写真は父さんが撮っていたので、ちょっとした憧れもあったのかもしれない
試しにカメラを覗き込む
その先には歪んだ感じに見える海が映っていた
試しに一枚撮ってみようかとシャッターに人差し指を置いてみる
でも、止めた
残り枚数が3枚
大切に使いたいと思った
祭りの会場は、少しだけガヤガヤしていた
でも、祭囃子は聞こえないし、露店はまだやってはいなかった
だけど、あちこちからたこ焼きや焼きソバの香ばしい匂いが流れてきてもいた
「まだ、か」
つまらなげに呟く
海辺の道を歩いていると、砂浜の向こう辺りに、赤、青、黄色、緑のいくつかの屋台が見えた
さっきの浴衣姿の子達を思い出し、何となくその場所に歩いてきていたわけだが
どうやら、お祭りはまだ始まってはいないようだった
ちょっと不思議に思ったのは、砂浜の上に幾つ物屋台が並んでいることぐらい
他のお祭りでは、道端に並んでいる事が多かった気がしていた
でも、それだけだ
何も無い
つまらない
お祭りは嫌いじゃないし、もしかしたら楽しめるかと思ったが、結局退屈なままだった
何気なく、またカメラを覗き込む
そこには、忙しそうに準備する何人かの大人たちが見えた
別に撮る気は無かった
大して面白いとも思わない
これなら海でも撮った方が良いか、なんて思い歪んだレンズを覗き込んだまま、ぐるっと半回転してみる
たこ焼き、りんご飴、くじびきの屋台が右に流れていく
そして、屋台と屋台の真ん中にできた道が見えてくる
そこに
「あ」
パシャッ
「「え?」」
ウィーン
「...あ゛」
機械的な音が鳴り終わる
残り枚数が...2枚になった
一枚は、青い浴衣姿の女の子の写真となっていた
「あちゃ〜、押しちゃった」
頭を掻きながら残り枚数を確認しようと、名前も知らないシャッター下の歯車をジリジリと回してみる
やっぱり2枚
「ねぇ」
「え?」
急に声をかけられた
視線の先には、可愛い感じのピンク色のサンダルが見える
目線を上げると、そこにはさっき一枚写真を撮ってしまった浴衣の女の子が立っていた
「もしかして今、私とった?」
「え?あ、うん」
「ふ〜ん」
声をかけてきた浴衣姿の女の子
僕より背は低い
ただ、その表情には何も見えない
まさか、勝手に撮ってんじゃないわよ!とか怒るつもりなのだろうか
しょうぞうけんのしんがいよ!とかいってお金をせびるつもりだろうか
...さすがに、な
そんなわけないよな?なんて思いながら内心ドキドキしてしまう
「な、なんだよっ。なんか文句あんのかよっ」
強がりだった
普段、こういった乱暴な言葉は使わないのだが、舐められるのは嫌だった
同い年くらいの女の子に負けるのは嫌だった
ただ、目の前の背の低い女の子より優位に立ちたいと思っていただけだった
「ううん、そんなのないよ?ね?それよりカメラ持ってるんだねっ」
「え?あ、うん」
でも、そんな僕の態度をなんとも思わない女の子
それよりも、ただ興味深そうにカメラを見つめていた
その目には、どこか期待の色が浮かんでいる気がする
なんだか調子が狂う
そもそも女の子と話すこと自体あまりないのだが、まして、相手はクラスメイトでもない全く知らない女の子
正直、どう対応していいのか困ってしまった
「ねぇっ?」
「え?」
「そのカメラ、使ってもいい?」
「は?」
唐突な言葉に困ってしまう
主語が無い言葉に困ってしまう
何となく意味は分かっているのだが、なんとなく、困ってしまう
「...だめだ」
困ったので、一言で済ませた
「え〜!いいじゃん!」
「嫌だよ。なんで僕がお前なんかにカメラ使わせきゃなんないんだよ」
「いいじゃん!いいじゃん!」
何度も使わせてと言葉を繰り返す女の子
「い・や・だっ!」
正直うるさかったので、ちょっと大きな声で強めに言い放った
それに、何となく妹とのやりとりと同じような感じで面倒に思ったりした
「なによ!ケチんぼ!」
「なっ?...うっさいな〜...」
小声で非難しつつ、ここは引く事にした
むかっとしたけど引く事にした
こういう時は、下手に言い争わない方がいいと妹とのケンカから学んでいた
「ほら」
カメラを差し出す
「え?」
そして、下手に逆らわない方が身の為だということも知っていた
すると、女の子はカメラをしげしげと眺めて
「...いいの?」
僕を見ながら、そう聞いてきた
僕は「うん」とよそ見をしながらに答えていた
カメラがすっと手から離れるのを横目に見ていた
「わぁ!ありがとっ!」
女の子は笑顔でそう言って、カメラをいじりだす
表面を眺めたり、空に向かって掲げたり、名前も知らない歯車を回そうとしたりしていた
そして、ファインダーを覗き込み、さっきの僕がやっていたように、くるくる回りながらレンズの奥を見つめていた
「なぁ、使い方わかってんのか?」
何となく心配になって尋ねる
でも、女の子は「分かる分かる」と相変わらず、くるくると回りながらカメラの中を見たままだった
でも、急に止まったかと思うと
パシャッ
「え?」
ウィーン
機械的な音が鳴り終わる
「あははっ!撮っちゃった〜っ!」
呆然とする僕一人
「さっきのお返しだよ〜!」
嬉々とした表情の女の子
残り枚数、1枚
2枚目は、僕の間抜けな顔に変わった
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