ちょっぴり不思議な小説小箱

人との繋がりを大事にしていきたいと思ってます。ご訪問、お待ちしてます♪

閉ざされた朝

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見慣れた街並
バイクで何度も走り抜けた道路
何もかも、よく知っているままの世界
でも、この場所には俺以外の人は、どこに存在しなかった
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閉ざされた朝



まだ少しだけ夜の闇が残っている薄暗い静かな世界

そんな朝の都心から少し離れた環状線上

そこには黒く平らなアスファルトが敷き詰められて

幾つも立ち並ぶ信号機が無言で俺の事を警告している

道の両側には、俺がよく行くコンビニや牛丼屋があり

その奥には、十階以上のマンションが軒を連ね、そのもっと遠くには高層ビル街が見えている

こう見れば、どこからでも人が姿を現しそうな日常の風景だ

そんな日常であるはずの風景の中で

俺はたった一人で...この道路の真ん中に佇んでいた






閉ざされた朝






俺のよく知っている道

俺が朝と夜、通学やバイトのためにバイクでいつも通っている道だ

だけどここは、俺の知っている場所じゃ無い

いつも見ている風景だけど、俺はこんな場所のことを知らない

例え、俺のよく行くコンビニや牛丼屋があっても

何度もこの道路をバイクで走り抜けたことがあっても

俺は全くこの場所を知らなかった

それは、この場所に立っているだけで分かる

風が冷たく重い

空気の匂いが違う

音が無い

匂いが無い

それ以前に、ここには...時間が無い

時計は秒針も一ミリ足りと動かなくて

いくら待っても昼も夜も訪れず、ずっとずっと朝のままなのだ

この世界は狂っている

もはや普通とか日常なんてものが、どこにもありはしない

...いや、それだけだったら、俺は耐えられたのかもしれない

風や空気がいつもと違っても

音も匂いが無くても

時間が止まっていたとしても、それが何だと言うのだ

それよりも怖いこと。それは...



人がいないことだ



生き物がいないことだ



どこまで行っても誰も、何も存在していないことだ



道路には一台の車も通らないし

歩道には誰一人歩いていない

もちろん、コンビニや牛丼屋にも店員がいなくて、いくら待っても誰もレジの前に立つ事はない

いつも見ていたはずの場所には、誰も、どこにもいなくて

それどころか、イヌやネコといった動物達、それにもう虫の一匹だって見かけたことはない

俺だけが...世界に一人きり取り残されている...そんな感じ

どうして俺だけが、こんな場所にいるのか

どうして、俺の他には誰もいないのか

そう何度も誰かに問い掛けてきた

でも、誰も答えてはくれなくて

誰も、俺に話し掛けてはくれなくて

発狂しそうになるくらいに淋しくて苦しくて

だから俺は、せめて出来る事はと

自分を保つ何かをしようと考えて

俺のよく知る場所で

でも、俺が全く知らない場所で

今日も...いるはずのない誰かを探して

たった一人で、誰もいないこの環状線を、この赤いバイクで走り抜けている






あれはいつのことだっただろう

気がついたら、俺はこの無人の世界にいた

初めてこの世界に立った時、俺はただ茫然とする事しかできなかった

これは「夢」なのだ...と、何度も目を瞑って眠ろうとした

でも、何度も目を閉じても眠れなくて、他に何をやってもこれが「夢」ではないと思い知るだけだった

時には、自分自身すらも虚構なのではないかと思った事もある

この無人の世界に、俺という人間がたった一人だけ

だとすれば、おかしいのはこの世界なのではなく俺の方なのかもしれない、と...

でも俺には、ちゃんと名前も思い出もある

ここに来る直前のことはあやふやなままだけど、まだすがっていられるものがある

今坂 一樹(いまさか かずき)

それが俺の名前だ

大学二年の二十歳

昔から乗り物が好きで、特にバイクが好きだった

だから幼い頃の俺は、大型二輪の免許を持っていた父親に「一緒に乗せて」といつもせがんでいた

だけど父親は一度も俺をバイクに乗せてくれたことは無くて

俺は仕方なく、いつもただの自転車でしかないマウンテンバイクで我慢していた

そのせいかもしれない

俺はこうやって、バイクで乗り回すことを小さい事からずっと夢みていた

自分のバイクで、まだ知らないどこかに、どこまでも遠くに行ってみたかった

アクセルを全開にして、こうやって思いっきり風を切ってみたかった

スピードを出せるだけ出してみたかった

だけど...俺は...



だ...か―――っ



「え?」

キキィィィ―――ッ!

全速で走っていたのにも関わらず、俺は急ブレーキをかけた

「うっ!!」

その反動で車体が横を向き、危うく投げ出されてしまいそうになる

それを全身でバランスをとって、どうにか堪え、そしてすぐに、首を上げて周囲を見回す

「はぁ...はぁ...こ...」

(こえ...?)

確かに『声』を聞こえた

ずっとずっと聞いていなかった『誰かの声』を聞いた気がした

「誰か...誰かいるのか...」

俺はすぐさまバイクのエンジンを切って、音を聞き逃すまいと静かに耳を澄ませる

幻聴だったのかもしれない

俺が頭の中で思い浮かべた空想の産物だったのかもしれない

(だけど、もしかしたら...)

(もしかしたら本当に...)

静寂

俺がいつも感じている静寂

でも今はそこに...

「だれか―――っ!!」

「っ!!」

聞こえた

確かに聞こえた

幻聴なんかじゃない

空想の産物なんかじゃない

「いる...人だ...人がいるんだ!」

俺以外の誰かがここにいる

俺以外の誰かがそこにいる

そう思ったら、俺は居ても立ってもいられずに駆け出していた

もうどれくらいの間か分からないほど聞いていなかった、人の声

そこに人がいる証

俺以外の誰かが存在しているっていう安心感

「誰か、誰かいませんか―――っ!!」

(また聞こえたっ!)

俺はそれだけで嬉しくなって、顔がほころんでしまう

「誰かああぁ―――――っ!!!」

それは、とても悲愴な声だった

この場所が何なのか分からず

誰もいないがらんどうの世界に放り込まれて

不安で

恐くて

淋しくて

とにかく大声を張り上げていないと、自分がどうにかなってしまう...そんな声

「...この人も...俺と...」

俺はそんな悲愴に満ちた声を聞いて、この人も俺と同じなのだと確信する

それでも、この声の持ち主が俺の希望になってくれるはずだ

だって、俺以外には誰もいないと思っていた世界に、人がいてくれたのだ

こんな安心感が他にあるわけがない

「お願いっ!!誰かいるなら返事して――――っ!!!」

「お――――いっ!!」

俺は、その声の主も望んでいる声を張り上げた

すると、その声が少しの間だけ途切れ

「だ...誰かいるんですか―――っ!!」

悲愴に満ちていた声に、わずかな希望が含まれた声が返ってきた

「ここだっ!俺はここにいるっ!!」

俺も希望に満ちた声を出す

そうして俺達は、何度も何度も大声で呼び合って、互いの存在を確かめ合う

俺はその声を頼りに走り続けた

その声に向かって走り続けた

そして、大通りを抜けたところの大きな駅の前に...

「っ!!」

「あっ!」

その駅前には...高校生くらいで制服姿の一人の女の子が立っていた

閉ざされた朝2

「大丈夫?」

「あ...えっと...はい」

「そっか、良かった」

俺と彼女は、誰もいない駅のホーム内にあるベンチに座っていた

「すいません...急に倒れてしまって...」

「ああ、そんなのは気にしないでいいよ」

俺は、出来る限り優しく答える

彼女を見つけたあの瞬間、彼女は突然その場に倒れこんでしまった

おそらく、自分以外の誰かと会った為に、安心して気が抜けてしまったのだろう

無理も無いと思う

ちゃんと意識はあったのだが、とても動けそうには無かったので、このベンチまで運んで介抱していたのだ

「それより...はい。これ」

「え?」

俺は彼女に温かい紅茶のペットボトルとBLTサンドを差し出した

「温かくて甘いもの...と思ってさ。それとやっぱり、こういう時は何か口にした方がいい」

自分の前に差し出された赤いフレームのストレートティーと、透明のパックに入ったサンドイッチ

ちなみに、コンビニから持ってきたものだが、誰もいないからといって盗んではいない

ちゃんとお金は置いてきている

それが、自分を保つものの一つだと、何気なく思っていたからだ

そして彼女は、おずおずとそれらに手を伸ばすが、その直前でその手を止めた

「あの...今お金を...」

そう言って彼女は、持っていたカバンの中から財布を取り出そうとする

でも、俺はそんな彼女を制した

「え...でも...」

「いいからさ」

俺が優しくそう言うと

「...........」

彼女はすまなそうにしながらも350mlのペットのフタを開けて、その紅茶を飲んだ

「...はぁぁぁ...あったかい...」

何かを口に含んで、少し肩の力が抜けたようだった

彼女はほっとした様子で、その細いきれいな指でペットボトルを包み込むように持つ

「どう?少しは落ち着いた?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「お礼なんていいって。ほら、サンドイッチも食べなよ」

「あ...はい」

彼女は丁寧にサンドイッチの袋を開けて、小さく口を開けてそれを食べ始めた

俺はその隣で、彼女の分と一緒に持ってきた缶コーヒーを飲む

そうやってしばらく、互いに黙った時間が過ぎた







「あの...」

サンドイッチを食べ終わった彼女が、難しい顔をしながら俺に聞いてきた

「あの、ここって一体...どこ、なんでしょうか...」

少し、彼女の声は震えていた

多分、あまり分かりたくないことだと分かっているのだろう

それでもきっと、食事の間中ずっと聞きたかったにも違いない

でも俺は、それを話すのは彼女が少しでも落ち着いてから...と、そう思っていた

「分からない」

そして俺は、会った当初よりも少しくらいは落ち着いている彼女に正直に答えた

「...分からない?」

「ああ、全く分からない。俺も気づいたらこの世界にいたんだ。だから、何も分からない」

「...ぁぁ...」

口から絶望感が漏れ、その顔にも暗い影が差し込む

もしかしたら...という希望が薄れたのだろう

「ごめんな...」

そう、謝罪しかできないことが悔しかった

力になれないことは、やはりきつい

そして俺は、そんな暗い表情の彼女に、せめて出来ることはと、自分やこの世界の状況を話し始めた



初めてこの世界に放り込まれた時の事

直前の記憶はなく、どうやってここに来てしまったのかが分からない事

この世界には時間の流れが存在しない事や人はおろか、生き物そのものがいない事

どこかに向かってどんなに進んでも、気づけば元いた場所に戻っていると言う事

それでも俺は、そんな世界の中を今までずっと他の誰かを探し続けていた事

それに実はこの世界では、眠る事は出来ず、食事を摂る事も、今までの習慣程度の意味しかない事

彼女の食べたサンドイッチや紅茶は、いつもの自分を保つようにと渡したものだったという事だ

「てな感じで、俺は世界の事を理解しようしながら、ずっと自分以外の誰かを探していた。そしてやっと...君を見つけることができたんだ」

「私を...」

「ああ...だから君と会えて俺もすっげぇ安心した。だって、ずっと...ホントず〜っと一人だったからさ...」

俺は、今までの事を思い出して、思わず視線を下げてしまった

だが、ここで彼女を不安がらせてはいけないと思い、すぐに他の話を始めることにする

「そういえば君は...いつからここに?」

「私...ですか?私は多分...ついさっきです」

(多分...か...)

実際のところは本人も分からないのだろう

ただ、少なくとも俺よりは後に来たという事だと思う

「...だったら、君に聞きたい事があるんだけど...いいかな?」

「あ、はい。私で分かる事なら...」

「それじゃあまずは...って、そうだ。お互いの名前をまだ言ってなかったか」

「あ、そうでしたね...私は朝生 真弓(あそう まゆみ)です」

「うん、分かった。朝生さんだね?俺は今坂 一樹」

「今坂...さん...ですか?」

「ああ」

「...今坂...いま、さか...」

なぜか彼女は、その言葉を噛みしめるように呟く

それに何だか、心ここにあらず、って感じだ

「えっと...どうかした?」

「え?あ、いや...何でもありません...」

「...そう?...じゃ次に、君にはここに来る前の記憶はある?」

「え?あ、はい。一応...」

「そうか...それなら、君にはここに来る直前の記憶もあるのかな?」

「直前...ですか...?」

「ああ、思い出せる範囲で構わないからさ」

「あ...はい...」

彼女の口から語られたのはごく普通の日常の話だった

いつも通り高校に行って

友達と話しながら帰って

テレビを見たり、音楽を聴いたりして

そして、ベッドの中で、ゆっくりと眠りにつく

でも、目覚めてみればその次の瞬間には、ここに来ていたという事だった

「そうか...やっぱり君も、憶えてないか...」

「あ...ということは今坂さんも...?」

「ああ、俺も憶えていない。俺が憶えているのも君と同じような感じ。昔の事は覚えているけど、ここにくる直前の記憶はない」

「そう...なんですか...」

俺の言葉に気落ちしたような彼女

女の子のそんな顔を見ると、つい無力感が湧いてきてしまう

やっぱり、きつい

これが自己中な考え方だとおもうが、やっぱりきつい

「でもさ」

だからなんだろう

少しでも、自分に何か出来ることは、と探して、でも出来ることは何も無くて、だから

「俺、君に会えて、本当によかった」

こんなことを口にしてしまうのは

「え?」

少し驚いた顔を見せる彼女

「俺、本当に嬉しかったんだよ...ここに君がいてくれたってだけで...俺は本当に救われたんだ」

これは本当だ

彼女を見つけた瞬間、俺がどれほど救われた事か

あの瞬間の感動は、もう言葉に出来るような出来事じゃなかった

「...君がここにいてくれる...そのおかげで虚ろでしかなかった希望をはっきりと持つ事が出来たんだ」

「...希望...ですか?」

言葉を口にするたび恥ずかしくなる

彼女に不安な顔をして欲しくなくて、言っているが、もうどうしようもなく恥ずかしい

でも、なぜだか

「ああ。この世界には、俺と君以外の誰かがいてくれるっていう希望。そしていつかは...元の世界に帰れる方法を知っている人にも出会えるかもしれない...って」

言葉がどうしようもなく、止まらなかった

「もちろん...この世界から出る方法なんて知っている人間がいるかどうかなんて分かりはしないけど...それでも可能性はゼロじゃ無いはずだ...」

俺は、恥ずかしさを堪えながら、改めて自分の決意を語る

ちゃんと言葉にして、そして、それを誰かに聞いて欲しかったからだ

「...強いですね。今坂さんは...」

「は?...俺が...強い?」

「だって、ずっとこんな世界に一人きりだったのに、こうして自分以外の誰かを探しているんです。私だったら多分、耐えられませんよ...」

「...そんなこと...ないさ...」

「そんなことありますよ」

本当に、そんなことはない

だって

「違う...俺がこうやって誰かを探しているのは一人が怖いからだ。何かをしていないと自分が壊れてしまいそうになるからだ...」

今までの自分を思い返して、俺は自分の事をそう思う

それに、俺は、今

「な?別に強い事なんて無いだろ?」

「...いいえ。やっぱり強いですよ。それって」

「はぁ?どこがさ?」

こんなにも

「目の前の状況に絶望して...それでも結局、ただ運命を呪うことしかできない人間だって...ううん。そんな人の方が多いと思うんですよ。だから、今坂さんは、とっても強い人なんだと思います」

「...それは...俺には、分からないな...自分の弱い面とか、すごくよく、分かっているし...」

弱かった

「...ぁ...今坂、さん」

「...なに?」

「...泣いて?」

「...うん」

俺は、キミに不安な顔をして欲しくないとか言いつつ

「ごめん。ホント弱くてさ...」

俺は

「...ごめん」

キミに甘えていたんだ

「ごめん...」

もうダメだった

もう隠せなかった

強がってばかり、入られなかった

「ぁ...くっ....くぅ...ふぅく...ううっ」

もう、涙が止まらなかった

もう、止められなかった

「うぐ...くぅ...あぅ...あぁ...」

ポンポン

「ぇ...」

優しい振動に、顔を上げると

いつの間にか、彼女が俺の前に立っていて、俺を抱えるようにして

何も言わずに、優しく、母親のように背を叩いてくれていた

ポンポン、と

「う...く...うわぁ...あぁぁ...」

また、もっとたくさんの涙が頬を伝っていく

ずっと堪えてきたものが、どうしようもなく、流れ続けてた

閉ざされた朝3

風を切る

街が流れる

車の通らない車線上を走りぬける

バイクのエンジン音が静かな街に轟いてビル群の壁にこだましていた

ちょっと前まで、この無人の世界の中をたった一人で走るというのは、何も面白くは無かった

最初の頃は、アクセルを全開にしては、自分の限界スピードに挑んだりしていたが、それもいつの頃からか、何の魅力も感じないようになっていた

そんなことをしていても、ただ虚しいだけだった

しかもこの世界では、俺は遠くになんて行くことは出来ず、なぜか見知った場所だけをグルグルと回ることしか出来ない

そんなつまらなさもまた、俺を空虚にさせた

でも、今は違う

だって今は...俺の後ろに彼女...朝生が乗っているのだ

ただそれだけの事が、俺を満ち足りた気分にさせていた

誰かが側にいてくれるというだけで、俺の心を高揚させた






あの後、俺と朝生は、バイクを置いていた場所に戻ってきた

恐ろしく恥ずかしい姿をさらしてしまったので、平常心を取り戻すのに、結構時間がかかった

それまで、二人して愛想笑いを浮かべながら、同じ場所にずっと座っていたのだが、それはそれでかなり居心地が悪かったので、場所を変えることにしたのだ

「............」

だが、バイクの前まで来て、彼女は今までに無い表情で黙り込んでいた

さっきまでの妙に気まずい空気はそこにはなく、その代わりに少し重い空気に変わっている

その顔は...とても辛いものを見ているような表情だった

「あの...このバイクは...」

その沈黙を破り、彼女そう口にする

何だか意を決したような言葉だった

「ん?俺のだけど?」

朝生の考えている事が分からず、普通に答える

「...これ...一体どうしたんですか?」

「いや、自分の家まで戻ってみたら、いつもの場所にちゃんとあったからさ」

「............」

その表情は変わらない

いや、それどころか、明らかに不信感を露にしているようだった

「ああ、動くかどうか心配してるのか?だったら大丈夫。普通にちゃんと動くし、それにバイクに関しては燃料も普通に減るんだ」

「...そうですか」

それでも、その表情はまだ晴れないし、少し歯切れも悪い

「なぁ、どうかしたのか?何か気になる事でもある?」

「...いえ。別に」

「あ、もしかしてバイクに乗るのって初めてとか?」

「え?...あ、まぁ...そうですね」

「それなら大丈夫だって。俺、それなりに運転には自信あるし、事故なんて絶対に起こさないからさ」

「............」

その言葉に、朝生は露骨に嫌な顔をした

今までの、暗い表情とはまるで違う...それどころか憎しみさえも含まれているような顔だった

どうしようもなく心配になる

今の朝生は、さっき俺を優しく抱きしめてくれた彼女ではなかった

もし、気になる事があるんだったら、何としてでも力になりたいと思った

「えっと...バイクで...その、嫌なことでもあったのか?」

それくらいしか思いつかないのだが、何か話してもらえれば、力になれるかも、と思った

有体なことしか浮かばない自分が情けない

「その...昔...」

それでも、朝生は話し始めてくれた

「昔...バイクの事故に巻き込まれた事があって...」

「...事故」

「それで...私...その...」

朝生はそれ以上話さなかったが、大体の理由は分かった

「バイク...怖いのか?」

「............」

朝生は答えなかったが、その無言が答えだと思った

「そっか...じゃあ、他の移動手段を考えないとな」

これ以上、朝生に無理をして欲しくなかった

むしろ、何も考えなかった自分自身に腹が立っていた

「それじゃ、どうするかな...」

この世界は狭いって言っても、それでも結構な広さはある

しかし、バスも電車とかも動いてないから、移動手段が他には無い

それでも、やはり広範囲を移動するなら、乗り物関係がないと厳しいと思う

「だったらやっぱり、俺一人で...」

「それは...嫌です」

とても早い拒絶だった

それほどに、一人は嫌なのだろう

気持ちは...痛いくらいに良く分かる

「でもさ...さすがに歩きっていうわけには...大丈夫、俺はちゃんと戻ってくるよ。だから...」

「...この世界に時間は無いんですよね?」

「あ...」

つまり、定刻には帰って来れない確率が高い

大体の時間感覚はあるつもりだが、それがこの世界にどこまで通用するかは分からない

それだけ、彼女は一人でいる恐怖に耐えなければならない、ということになる

俺は答えに窮してしまう

彼女の事を考えれば、徒歩を選択すべきなのかもしれないが、現実問題として、徒歩でこの世界を回るのは辛いものがある

それでは、他の人を見つけるのにどれくらいの時間がかかってしまう事だろう

「私...」



「私...乗ります」

朝生は、決心したようにそう言った

「だって...私さえ、これに乗れれば...」

「いや、でもそれは...」

また、俺は朝生に無理をさせている

そんなこと、させたくなかった

「今坂さんは...運転に自信があるのですよね?」

「...それは、まぁ...」

「だったら...」

それ以上の言葉は続けない

やはり怖いんだと思う

なのに、その朝生の顔はとても強いものになっている

明らかに無理をしているのが分かった

それでも、朝生の決心はとても固く、俺が他に何を言っても聞かなくなっていた

で、結局、折れたのは俺の方で

「さ、行きましょう」

そして朝生は、少し顔を歪ませながらも、どうにか俺の後ろに乗ったのだ







(風が気持ちいい)

それが彼女の言った最初の言葉だった

朝生を後ろに乗せて試しに環状線をぐるりと回った後、彼女はそう言ってくれたのだ

その顔にも、最初の苦悶の表情は無く、どこか晴れやかにすら見えた

そして

(これなら...大丈夫...かな?)

という言葉も聞く事が出来た







こうして俺達は、この無人世界を一台のバイクに二人で一緒に走ることになった

時折、背中に、その、ヒジョ〜に柔らかい感触が当たったりもしていたりするのだが、出来る限り気にしないようにしていた

あ、別にそれのおかげで心が高揚しているわけじゃないからね?

ともかく、俺達は色んなところを回った

人が集まりそうな場所や駅前

それがダメなら、行く事との出来る細い通り

時には、建物の中を覗いてみたりもした

そうやって、実際の時間的には、多分何日分もバイクで街中を走り回っていた

それでも人影も、生物がいる気配も何も無い

だが、ただ長い間を過ごしてしまうのか、という不安を抱えながらも、俺は

俺は楽しかった

誰かと話すと言う事が楽しかった

二人笑い合う事が楽しかった

意味があるのか分からなかった食事も、二人で食べるのが、とても楽しかった

たまに見せる悲しそうな表情が、たまらなく辛かった

そんなとき、朝生のために、俺はもっと強くなりたいと、思っていた

いつしか俺は...朝生と一緒にいるという事だけで、それだけで嬉しいと思えるようになっていて

気づいた時には...それはもう自分を誤魔化すことのできない形になってしまっていた

世界中に、たった二人きり...

それが...キッカケになってはいけないだろうか?

そんなキッカケによって...人を好きになってはいけないだろうか?

でも俺はすっと、朝生といる間ずっとずっと...そのことばかりを考えていた

それに多分、それはお互い様で、もしかしたら朝生も同じ気持ちなのかもしれない

二人とも口にはしないけど、お互いを意識しあっていた

でも、そのまま、そんな気持ちを隠したままの流れない時間が過ぎていった

閉ざされた朝4

それは小さなキッカケだった

朝生が『こっちに行ってみませんか?』とそう言ったからだった

俺は、その方向に行っても、俺が最初にいた場所に戻るだけだと知っていたから、その道をずっと通っていなかった

だからその時も、また戻るだけだから、そう思っていた

だけど

気づけば俺は、今までみたことの無い世界を走っていた

そして俺は、朝生の導いてくれる通りに走っていた

世界は何の違和感もなく流れていく

世界に満ちる空気に差は無いのだけど、そこは、明らかに違う世界だった

やがて俺達は、一つの大きな建物の前に立っていた

「ここは...」

バイクを降りた俺は、その風景を呆然と眺める

それは、この無人の世界に初めて来た時の感覚と似ていた

「こんな場所...初めて来た...」

そこは病院だった

そこらの診療所ではなく、大きめの大学病院だった

「なぁ朝生...ここは一体なんだ?」

少なくとも俺は知らない

今まで、こんな大きな病院に来た事は無い

でも恐らく、朝生なら知っている場所なのだと...俺はそう思っていた

「...見ての...通りです」

「いや、病院って事は分かるんだけど...」

いつも違う雰囲気の朝生

その表情からは、何も読み取る事が出来ない

「今坂さん...黙って、私について来てくれますか?」

「え?あ、ああ。俺は構わないけど...」

「だったら...お願いします」

朝生はそれだけ言って、病院の中に入っていく

俺も、その後に続いた

重い手動のドアを抜けて病院内に入る

その中に入った途端、俺は薬品の匂いに包まれた

それだけでも、新鮮な感覚だった

この世界で、こんなに明確な匂いを感じることはなかったはずだ

「...あ、あれ?」

俺は、妙な感覚を感じた

それは...既視感だった

何でそんなものを感じるのかは分からない

ただ、俺は、一度も来たことの無い筈のこの場所を知っている様な気がした

「あの、今坂さん?」

「あ...」

そこを、朝生に話し掛けられて意識が戻る

「今坂さん...どうかしたんですか?」

「い、いや...何でも...無い」

「...そうですか」

(どうかしている)

既視感など感じるはずが無いのだ

きっと、ドラマとか何かで見た別の病院のことでも思い出しただけなのだろう

俺は確かに、こんな病院になんて、一度も訪れてはいないのだから







俺は朝生の後に続いた

一階のフロアを通り

階段を上がり

3階の廊下を抜け

そして、ある一つの病室の前に立った

320号室

プレートにはそう書かれていた

そして、その下には...

「えっ!?」

俺は思わず目を疑った

それほどの驚愕だった

だってそこには...

朝生 真弓

と、そう...書かれていたから

「あ、朝生...これは、どういう?」

朝生は黙ったまま、その表情すらも見せない

「なぁ朝生!」

「ここは...」

俺の声に、朝生は顔を伏せつつも、その重い口を開いた

また、あの決心した時の顔だった

「ここは...見ての通り...私の病室です...」

「は?私の?私のってどういうことなんだ...」

「............」

朝生は俺の質問には答えず、ゆっくりとその部屋のドアを開けようとする

だが、その手は明らかに震えている

それでも尚、朝生は、ゆっくりとそのドアを開いていた



ぱぁっ...



ドアの先から、真っ白い光が差し込む

朝の光が、真っ直ぐにその部屋を照らしていた

カーテンは閉められおらず、窓も開け放たれており、そこからは、緩やかな風が入り込んでいた

「............」

朝生は顔を伏せたまま、その部屋に足を踏みいれる

「...おい、朝生」

俺も、少し気が動転しながらも、その朝生の後に続く

その部屋の中に入ると、そこには誰も横たわってはいない、でもキチンとメークされた白いベッドが一台だけ置いてあった

「............」

朝生は、その誰もいないベッドをじっと眺めている

俺は、何がなんだか分からず、ただ朝生の言葉を待っていた

そしてそのまま、長い長い空白が過ぎていく



ぶわぁっ



一瞬、部屋の中に強い風が入り込んで、白いカーテン大きく揺らめかせた

俺は、その一瞬に少し目を瞑ってしまう

そして、次に目を開いた時

「え...?」

「あ...」

その誰もいなかったベッドの上に、一人の女の子が横たわっているのが見えた

俺と朝生は声も出せず、そこで起こった現象に静かに驚いていた

でもそれ以上に、俺はその見覚えのある女の子に驚いていた

その子は

水色のパジャマを着た

少し白い肌の

髪の長い...俺の隣に立っている女の子と同じ顔をした女の子だった

「そ...んな...」

俺は、目の前にいる同じ顔をした二人の女の子に、思考がついていけなくなる

と同時に、辺りに人のざわめきが聞こえ始めた

それは、もう本当に長いこと聞いていなかった音だった

誰かと誰かが話す音が重なっている

無数の人が忙しそうに歩く音がする

その中を機械の音声が際立って大きな音を立てている

「元の世界...だ...」

それは...俺達がいるべき本当の世界だった

ずっと探していた俺達の世界

その世界を見て、どうしようもない嬉しさがこみ上げてくる

やっと、帰れる

そう思っていた

でも

「え?」

それは束の間のことだった

その目に前にあった元の世界からは、徐々に音が消え始めていた

誰かの話し声や

誰かの足音

機械の音さえも

また再び、全ての音がその場所から失われていくのが分かった

「あ...待て!待ってくれ!」

それと同時に、やはりベッドに横たわっている朝生と同じ顔をした女の子も姿が虚ろになっていく

「そんな!」

混乱にも似た驚きに、俺は、ベッドの上の女の子に歩み寄ろうと一歩足を踏み出す

タンッと硬い音が響いた

でも、俺のそんな足音が響いた瞬間に

その幻想は、その姿を消していた

閉ざされた朝5

俺と朝生は、病院の屋上で風に吹かれていた

何の言葉も交さず、お互い黙ったまま

ただ、吹き付ける風の中、ぼぉ〜っと突っ立っていた

二人とも多分

時間、が必要だった

少しでも考えていたかった

考えて考えて、答えの出るはずの無いこと分かっていながら尚も考えて

でもその実...俺はただ待っていたんだと思う

朝生の口から...あの自分と同じ顔をした女の子について話されることを...

そして、どれくらいかの時間の後

「驚きましたね...」

朝生は、話し始めた

「...ああ」

「まさか、もう一人の私を見ることができる日が来るなんて思いもしませんでしたよ」

「...そう...だな」

「............」

「............」

しばしの沈黙の後

朝生は、また静かに語りだした

「私...事故にあったんです」

「...それは昔、バイクに轢かれたっていう...?」

「それは...ちょっと嘘です」

「...え?」

(ちょっと?の嘘?)

でも、事故にあったのは、多分本当で、だからバイクに乗るのを嫌がって...

でも、そこまで考えて、俺の頭の中には、さっきの横たわった朝生が思い浮かんでいた

「私が事故にあったのは...この世界に来る...ほんの一週間ほど前...」

「...ここに来る一週間前」

その言葉に、俺にとって、とても嫌な考えが、浮かんでしまった

何故だか分からない

どうしようもなく、嫌な考えが浮かんで、消したくても消せない考えで

「今、見えたベッドで眠っている私は...事故にあって意識を失っている私...だと思います」

「意識を失っている...君?」

「はい、私は...事故にあって、この病院に運ばれてきたんです」






私が事故にあった日...その日は雨が降っていた

まだ弱い雨だった

でも、傘を忘れた私は、駅前からの道を走っていた

駅から私の家までの道はそう遠くない

だからその時の私は、通り道のコンビニで安いビニルの傘を買う事はせずに、ただ全速力で駆け抜けていた



でも、それが全ての間違いだった



もし、コンビニで傘を買っていれば

もし、弱い雨なのだから、といつも通りに歩いていれば

或いは、最初から傘を持ってさえいれば、走る必要など無かったのかもしれない

しかし、私は、それらのとることが出来た筈の選択を選びはしなかった

あの場所に帰り着くまでの間に雨脚は強まり、スコールのような雨が私の頭上に降り注いだ

しかも、その雨のせいで、周りを全然見回していなかった私は、遠くから走ってくるバイクに気づかなかった

そのエンジンの音も、ほとんど雨にかき消されていた

そして、信号機が赤であることにも気づかなかった

他の色々なものに気づかなかった




私は、そのバイクが真っ直ぐに走っている道路の中に飛び出していた



その瞬間の事は、あまり覚えていない

ただ意識が朦朧とする中で、私は私を轢いた赤いバイクが電信柱にぶつかっているのを見た気がした

ぺちゃんこになった赤いバイク

もう、走ることなんてできそうにない、完全に壊れたバイク

そして、その側には、誰かが倒れていた...と思う

私は全身に雨を浴びながら、それを見ながら呟いた



――あの人...死んだの?と...



そして、次に気づいた時、私はこの病院の、あの320号室のベッドの上に横たわっていた

私はまだ、生きているようだった

でも、そこで、私の記憶は途切れていた







「............」

「............」

再び、無言の空白が訪れていた

でも、それはさっきの空白とはまるで違う

もっと、もっと重い沈黙だった

そして、その沈黙の重さ以上に、俺の心は、何かに押しつぶされそうになっていた

「...雨の日、の、事故」

そう呟いた瞬間、バシッと、何かが通り過ぎていった



交通事故

壊れたバイク

倒れた二人の人間

彼女の言った言葉が、俺の中にある何かをざわつかせている

俺には、それが何なのか、大体の想像はついている

でも、気づきたくなかった...

何も、分からなく、なかった...

だって、そんな、俺は...

「今坂さん...」

頭がぼんやりとしている俺に、朝生が話し掛けてくる

「今坂さんの、あのバイク...一体どうしたんですか?」

「............」

あの時と同じ質問

初めて、彼女が俺のバイクを目にした時と同じ...

「だからそれは...」

「どうして...まだ動くんですか?」

「...うぁ、そ、れは」

「もう、あの時に...」



コワレテイタハズナノニ



その言葉が分からなかった

ちゃんと聞こえたはずなのに、それはまるで意味の分からない、どこか知らない国の言葉のようだった

まだ動くんですかだって?

何、言ってるのさ

そんなの壊れてないんだから当たり前...

当たり前

当たり前だろ?

現に、さっきまで、ちゃんと動いていたじゃないか

ちゃんと、走っていて...

でも

あたりまえ、なのに

ちゃんと走っていたのに

そう、頭の中で何度も叫ぶ

自身を繋ぎとめようと、必死に叫んでみる

それでも、とても、彼女の言う事を、否定できはしなかった

もう、俺の中には

実感を伴った現実が

まるで俺を断罪でもするかのように、襲い掛かってきていたから






ざぁぁぁぁ―――――...

雨が強くなってきた

そんな中を、俺は自慢の赤いマシンで走り抜けながら家路を急いでいた

だが、この大雨のせいで視界が極度に悪い

それに横殴りの風が吹いているので、車体のバランスをとることも大変だった

急ぎたい気持ちと安全に走りたい気持ち

その二つが俺の中でせめぎあっている

遠目に見ると、この道の信号機ランプが、全て青になっていた

ツいている、俺はそう思い...ついスピードを上げてしまった。だが...



それが、全ての間違いだった



キキィィ――――ッ!!

突然、俺の進行方向に制服姿の女の子が飛び出してきた

驚いて急ブレーキを掛けるも、それでは間に合わず

バイクは体勢を崩し



ガンッ!



鈍い音がした

その瞬間、俺は全てを理解し、同時に、全ての思考がストップした

そして...次の瞬間には、俺の目の前に電信柱が迫っており



ガッシャ――――――ン!!!



その大きな音とともに、俺の体は宙を舞う

自分が木の葉にでもなったかのような浮遊感だった

目の前には黒いアスファルトの地面が広がっている

圧倒的なまでの死を感じた

この体は、恐ろしいほどの衝撃で、黒い地面に叩きつけられるのだろう

そして、俺を殺すのだろう

そう、諦めた



グシャ...



酷く醜い音だと思った

その音が余りにしょうもなく、惨めなものだと思った

でも、一瞬だけ意識が戻る

そして...俺の歪んだ視界の先に、俺と同じように地面に倒れている女の子が見えた

だが、もう一ミリも動かせなくなった俺の意識は、徐々に深い闇に飲み込まれていく

そして、そんな暗闇の淵で俺は...



――あの子...死んだのかな、と...一言だけ呟いていた

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