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子供の頃
天を仰ぎ、風を受けながら草原を駆けた
町で一番高い木の天辺によじ登って、精一杯に上に手を伸ばした
暇さえあれば、そこにある青い世界を延々と見上げ続けていた
...空
僕は昔からずっと、あの遠い空を目指してきた
空に、限りない憧れと夢を馳せていた
鳥が、羨ましかった
あの頃の僕は、多分他の誰よりも、この空に焦がれていたんだと思う
だから僕はずっといつだって
あの空を飛ぶには、どうすればいいのかを考え続けていた
『黒い空の真ん中で』
低くぶれた音が、夜の闇の中を駆ける
幾重にも重なった音が波間に消えていく
ただの一人にすら知られること無く、ひっそりと...
この音に気づいているとすれば、この黒い夜の空に浮かぶ月くらいだろう
ここは海上
約8時間、僕達は海面すれすれを、低空の維持して飛び続けている
少し覗き込めば、ほんの一瞬だけ、その水面の黒い揺らめきを窺い知ることができる
でも、そんな夜の海は自分が飲み込まれてしまいそうで怖い
だから僕は、海を見たりせずに、意識して機体の奏でる、濁った音を聞き続けていた
そうしていれば、他に何も考えなくて済むからだ
ここ最近いつも何かに囚われて気を張っていた分、こうして何も考えないのは楽でいい
例え気休め程度にしかならないのだとしても安らぎにはなる
...つっても、僕はこの音は好きじゃない
10機の機体の発する音はどうしても騒々しいし、この機体の積んでいるエンジン音は特に嫌いだ
せめて、この音がもう少し気の利いた音楽なら気も紛れただろう
でもそれでも...これから聞くことになる音よりは何百倍もマシだとも思う
そりゃそうだ
これから始まる、惨劇の中を駆け巡る音と比べれば、例え...
この、爆撃機のエンジン音だとしても何だってマシなもんだ
今から3年前
世界は、突然...崩壊した
それは、都市機能が麻痺したとか金融や流通がストップした、なんて甘いもんじゃない
文字通り、本当にぶっ壊れたのだ
人も街も植物も動物も、全部が滅茶苦茶にだ
地球上のあらゆる地域が、全部が全部ひっくるめて壊し尽くされてしまったと言っても全然過言じゃないものだった
まさに天地崩壊
アルマゲドンとかラグナロクとかもビックリな出来事だった
原因が何かなんて誰も知らない
無論ちゃんと調べれば何か分かったかもしれないが、もう調査できる人も余裕も、この世界には残されていなかった
あの瞬間、世界は地獄と化したのだ
あちこちに散らばる人の残骸
独り泣き叫ぶ小さな子供達
形を成していない建物群
燃え上がる炎の壁
もはやそこは、誰も見慣れていない場所だった
あの赤黒い世界を、僕は一生忘れないと思う
けど、それでも人はちゃんと生きていた
疑問に思ってしまうほどに人も動物も生きていて、実際、僕もまたこうして生きている
何てしぶといもんなんだろうね、生き物ってのは
地獄だろうが、奈落だろうが、まるでお構いなしだ
どうやら6500万年以上前の歴史が語るように、生命の強さは並大抵ではないものらしい
たかが異常気象では、生物は簡単に滅亡したりしないのだ
まして人は、有史以来その知性を持ってして文明を発展させてきた生き物
過去にその存在を絶対としていた大トカゲと比べても、その強さに遜色はないのだろう
もしかしたら人間の生への渇望は、余計に知性がある分だけ他のどんな生物よりも強いのかもしれない
でも、だからなのか
人が、こうも愚かなのはさ...
あの名前も付いていない事象のあの日から、世界は僕達に急激に変化を見せ始めた
最初の頃は、世界は救援活動に従事していた
ただ、どっか一つの国で大地震が起きたって場合と違い、自分とこの国に限ってだ
ま、そりゃそうだろう
これは世界全土での緊急事態
他国に対して、物資の援助とかボランティアなんて出来るような余力なんてあるはずはない
世界各国てんやわんやな状態になって、どこの国だって自分の芝生にしか見えやしないのも当然
もう、仕方がないのだ
でも、その辺りから既に、世界の歯車が狂っていたのかもしれない
世界が崩壊して以降、その被害は留まる事を知らなかった
それどころか、地球そのものが無くなってしまうんじゃないかとすら思えた
誇張なしにさ
そこで、世界の人々が出した結論が何かと言えば...何のことはない、非常にチープでしようのないものだ
...なんて、勿体つけても仕方がない
これだけ言えば、もうご承知の方もいる事だろう
そう
平たく言えば、戦争だ
本当にバカバカしい
よくマンガや何かには、世界は争いの中で発展・進化を続けていくとか、争いは人の本能だとかあった
僕はそんなのは、人を語る上での作者の詭弁だと思ってた
もうちょっと人間ってのは協調性を持ち合わせた生き物だと...
でも、現実はこれ
本当に空想世界そのまんまだったのだ
人の思考パターンも、所詮その程度というわけ
それはまぁ、自分の国が瀕死の虫けらがごとく、風前の灯的に危うくなったのだから下手も外聞もないのは分かる
とにかく生き残るためになら何でもしたくなるのは、非を見るよりも明らかだろう
でも、何だってそんな結論しか出せないのだ
どうして、他を傷つけるしかない...なんて答えしか出せないのだ
なぜ、人は常にこうも自分勝手なのか
いつの時代も
誰も、彼も...
翔太――っ!!
「っ!!」
僕を呼ぶ声が聞こえた気がした
そう思った瞬間に首を振る
...分かってる
今のは幻聴だ
本当に聞こえるのは、うるさく響く耳障りなエンジン音だけ
それが現実
現実は、ここにある
ここに、僕はいる
ここにしか、僕はいない
僕だけが、ここにいる
残酷で無情で悲劇的であっても、ここが間違いなく僕のいる世界なのだ
そりゃもう嫌になるくらいにさ
...なんて、心の内で毒づいてみても意味はない
もし仮に、世界が未だ安穏の中にあったとしても、それはそれで嫌なことはあるものなのだろう
結局、僕らはその定められた世界の中でしか生きてはいけないのだし
これも仕方がないことなのだ
と、そこで僕は、目の前の現実に気づく
それが目に映った瞬間、僕は無意識に、操縦桿を握る手に力がこめ、心臓の鼓動をドクンと強く打ち鳴らしていた
それほどに、見たくないものがそこにあったのだ
叶うのなら、それを見ないで済む運命の中にいたいとも思ったほどだ
でも、見つけた以上はどうあっても見るしかない
これには、抗えやしないわけだし
だから僕は、見る
その...人々の命の灯火を
そこは海の上に浮かぶ街だった
ネオンが輝く、夜景の美しい街
世界崩壊後に立て直されてきた、数少ない繁栄の証
十万ドルの夜景、なんて言葉がずっと昔にあった気がしたけど、イメージ的にはそんな感じだ
海岸線から上の、幾千の光達
それが、まるで満天の星達のようにきらきらと輝いている
特に、乱立したビルの摩天楼は、見とれるほどに美しかった
なんて、数年前の僕なら、そう素直に思えただろう
でも、今の僕は逆に恐怖している
見ると、体がガタガタと震えているし、心だって怖くて怖くて堪らなかった
心臓がとにかく痛かった
...だってそうだろう?
あの光の一つ一つが...人の命なのだ
あの一つ一つに人の営みがあって、そこでみんな確かな毎日を生きているんだ
みんな、みんながだ...
なのに、僕は...それを
それを...
あの日、みたいに...
「迷うなよ」
自分に言い聞かす
「あれは...敵、なんだ...」
世界が崩壊してから数週間
人達は、必死に生きていた
生きて生きて生きて、とにかく生き抜いていた
それについてはもちろん僕も同じで、ひたすら生きるために生きていた
とはいえ、それだとさすがに生きるのに疲れることもある
だから、その日ホントに久しぶりにいつも空を見上げようとしていた
空を見て、少しでも気を紛らせたかった
でも、それなのに...
僕の目に映ったのはいつもの空ではなかった
いつもの僕の心を弾ませるような空ではなかった
代わりにそこにあったのは...幾多もの黒い点
横並びに整列した轟音を響かせる黒い点達だった
...と、ここまで語っておいて何だが、実のところ僕は、そこからの事をよく覚えていない
ただ、とにかくその黒い点達は、何かを次々と落とし始めた
その姿は、さながら糞を撒き散らすカラスのようだった事を記憶している
だが、その糞は地面に落ちると同時に、すでに壊れている大地をさらに破壊し、灰色の巨大な煙を立ち上らせていた
煙は、まるで津波のように僕の立っている場所に迫ってきて...
なのに僕は、ただただ呆然と無感情に、それを見上げることしか出来なかった
そこからが、また地獄だった
つい数週間前から地獄を体験しているのに、さらにそれ以上の地獄を目の当たりにすることになる
辛うじて、生き長らえてしまった僕は、辺りを見回して愕然としてしまう
って、もう壊れていたのに、何で周りを見て驚くのかって思うかもしれない
でも、ホントどうしようもなく驚いたんだ
だって今度は、辺り一面穴だらけになっていたんだ
そりゃもうボコボコにだぜ?
月面かよって思っちまったくらいさ
けど、地球は月じゃないんだからクレーターなんてもん早々ありゃしないのだから、そりゃ驚くって
あれは、きっと一生どころかあの世ででも忘れられないかもしれない
...言い方が軽かったかだろうか
もし、僕の話し方を聞いて誰かの気に触れたのなら、僕はその人に謝ろうと思う
こんな風にしか言えない僕を、どれだけ嘲ってくれても構わない
実際、嘲られようが罵られようが、僕は全て受け入れようとも思っている
それほどのことを、僕はした
正確には、何も、しなかったのだけど
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