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僕は雪だるま
あの日からここにいて
あの日からずっと、僕はあの女の子を見ていた
「............」
あの女の子も優しそうな顔で僕のことを見ている
そして、その女の子に僕は温かい手のひらで撫でられた
そういえば、あの日...僕はこんな温かい手のひらで作られたんだ
『僕は雪だるまになった』
「お母さん?」
「............」
「お母さん?何を作ってるの?」
「............」
「お母さんってば?」
「...よし、できた」
「え?何が?」
「ふふふっ...ほら」
僕は『おかあさん』と呼ばれた人の温かい手で作られた...
その『おかあさん』は僕の事を持ち上げて、一人の女の子の前に出される
「あ...雪だるま?」
ゆきだるま...その女の子が僕を見てそう言った
それが僕の名前なんだろうか
「ええ、そうよ...この前、あなたが外で雪だるまを作っている子供達を見て、とても羨ましそうな顔をしていたから...」
「......うん...そう......だったね」
「それに最近、春美は雪にも触って無かったでしょう?」
「あ...そういえば、そうかも」
「ずっと病院の中だったし...」
びょういん...
なぜだろう...僕はその言葉がとても気になった
「それが、やっと自宅療養になって...しかも今年は、積もるくらいに雪は降ったから...それでね?」
「うん...そっか...私ってそれくらい長い間...病院にいたんだよね...」
「春美......いつか...ううん、きっとすぐに、あの子たちみたいに外に出て、これより大きな雪だるまを作れるようになるわよ」
「うん...そうだと...いいな...」
二人の顔は微笑んでいたけど、僕にはとても寂しそうに見えたんだ
そして、あの日から僕は、透明なガラスの外側にある狭い隙間に置かれて、ずっとこの女の子の様子を見ていた
柔らかそうなベッドの上で横になっている女の子の名前は『はるみ』
はるみはずっとここにいて、大半の時間を眠って過ごしている
そしてたまに、こうして僕の近くに来て僕の頭を撫でてくれた
その手は温かくて、優しくて...僕はこの時間が一番好きだった
「ねぇ...」
僕の事をじっと見て、はるみが話し掛けてきた
「...雪だるま君は...外に出たい?」
そと...
「外に出て...いっぱい遊んでみたい?」
外...きっと僕の背中越しにある世界の事だと思う
だけど僕は、その世界を見た事がない
僕の世界のすべては、目の前にいる女の子の部屋だけだ
「私はね...外に行きたいんだぁ...外に出て、普通に中学校に通って、友達をつくって、そして、みんなで遊びたい...」
はるみは少しだけ悲しそうな顔をした
僕はそれが嫌だった
たまに、僕のことを見てくれるはるみは、僕のうしろにある世界を見て...いつもこんな顔をする
最初の頃、僕ははるみにこんな顔をさせる外の世界が嫌いになりそうだった
でも
「あっちに、誰かが雪で滑り台作ったんだって!」
「それってホントー!?」
「ホントだよ!だから早く行ってみようよ!」
僕の後ろから何人かの元気な声と足音が聞こえる
「ふふっ...いいなぁ...」
はるみはこんな時、嬉しそうに笑う
少し寂しそうにも見えるのだけど、その顔は...とても穏やかだった
とても、優しそうだった
「私...あんな元気な子供達を見ると...嬉しいんだぁ...それは、ちょっとは羨ましいけど...でも」
はるみは、その元気な声のする方向を目で追っていく
「でも...あの子みたいな元気な声を聞くと、私も元気になれそうな気がするから...」
賑やかな声がしなくなると、はるみはとても寂しそうな顔をする
でも、すぐに微笑んだ
「あっ...雪だるま君もまだ元気でいてね?最近はとっても寒いし、よく雪も降るから直してあげられると思うけど、暖かくなってきたらもう会えなくなっちゃうんだから...」
数日が過ぎた
僕の体は、最初の頃に比べて小さくなってきているのかもしれない
それでも、はるみは毎朝ちゃんと僕の近くに積もった雪で、僕のことを直してくれている
最近は僕の側に積もる雪が少なくなってきて、おかあさんに雪を集めてくれるようにお願いしているようだ
でも、今朝はまだ直してくれていない
はるみはずっとベッドと呼ばれる台の上で眠ったままだ
「ぅ...ぅぅ...」
時折、とても苦しそうな声をあげている
どうしたんだろう?
いつもより、体の調子が悪いのだろうか?
「うう...あぅ...」
その声がだんだん大きくなってきた
とても、とても辛そうだった
でも、雪だるまである僕じゃ、はるみに何もしてあげられない
何かをしてあげたいのに、背中をさすってあげたいのに
「うう...くる..しい...」
歩く事も出来なければ、木の枝で出来た手を動かす事も出来ない
僕には何もできず、ただ...はるみをじっと見ていることしかできなかった
「おかぁ...さん...」
小さな声でおかあさんを呼ぶが、その声はあまりに小さくて届かない
僕が変わりにおかあさんを呼んであげたいが、僕には喋る口がない
「おか......さん...」
カチャ
その時、部屋のドアが開く音がした
「はるみ?おはよ...」
ガシャン!!
おかあさんは手に持っていた朝ごはんのお盆を落としてしまった
でも、おかあさんはそんな事を気にせずにはるみの側に駆け寄る
「はるみ?はるみっ!?」
「...おかあ......さ...ん」
「大丈夫?どこが痛いの?」
「心臓...が...」
はるみは胸に手を当てた
その言葉に、おかあさんの顔が青ざめる
「わかったわ!...すぐに救急車を呼ぶから!...少しだけ待ってて!?」
でも、すぐに気を取り直して、おかあさんは部屋から出て行った
「...くる...し.........いた.....い...」
はるみは目をぎゅっと瞑っている
とても痛そうに、辛そうに、目を瞑っている
でも、やっぱり僕は...ただはるみの事を見ているだけしか出来ない
それが、とても辛かった
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