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海岸沿いの道路を走り抜ける
海風が体に当たり、そして後ろに流れていく
エンジンの振動が体に直接伝わってくる
波の音は聞こえない
聞こえるのは、轟音鳴り響かせるバイクのエンジンだけ
曲がりくねった、真夜中の国道
すぐ横では真っ黒な海が、荒々しく波打っていた
俺は、握り締めていたハンドルにさらに力を込める
より一層、風と振動と音が強まった
でも、カーブで、少し対抗車線にはみ出してしまう
しかも、物の見事に丁度、正面にやや大きめの光が現れてくれた
トラックだった
すぐさま減速し、かつ体勢を立て直す
ギリギリかわした
でも、ヘルメットの側面が少し触れた
やや鈍い音が響き、軽く頭が弾かれる
その反動に少しバランスを崩しつつも、何とか立て直した
危なかった...そう思った
トラックは、甲高い音を鳴り響かせながら、俺の後方に遠ざかっていく
一瞬振り返るも、箱の影は闇の中に消えていた
そんなことを、何度か繰り返した
『三角形』
もう、吹っ切れたと思っていた
とっくに終わった事だと、心の整理もついたと、そう思っていた
でも、おととい
突然かかってきた高校の時の友達から話を聞いて
気づけば俺は、外に飛び出していた
そしてすぐに、マンション下においてある、自分のバイクにまたがって、冷たいキーを回していた
「知ってたか?恭子の奴、結婚したんだってよ」
何気ない言葉だった
意味深なわけでもなく、祝っているという感じでもなく
ただ、会話の中で出てきた、普通の言葉だった
でも、その言葉に、俺は携帯を手から滑り落としていた
携帯からは、くぐもった音を聞こえていたけど、もう理解ができていなかった
自分でも驚いてしまうくらいに、動揺していた
もう頭が真っ白になって
何も考え付かなくて
手足がしびれて
軽く眩暈がして
吐き気がして
倒れそうにまでなって
実際、エレベーターの中で、壁に頭をぶつけて
自分がどうなっているかすら、よく分からなくなっていて
でも、そんな状態で
俺はただひたすらに
バイクを走らせていた
恭子は、高2の時のクラスメイトだ
何となく気があって、付き合い始めた
恭子は、背がちっちゃくて
可愛くて
ほっとけない、って感じの女の子だった
3年、付き合った
大学は別だったけど、お互い家はそんなに遠くなかったし、休みとかはよく会っていた
でも、少しずつ距離が遠のいていたのは、分かっていた
会う会わないというより、もうお互いの気持ちが離れていた
だから、別れた
終わり方は、自然消滅に近くて
「もう、別れよっか。私達」
「...そうだな」
そんな、あっさりとしたものだった
何の後腐れもなく、悲しみに打ちひしがれる事もない
だから、後は引かないと思っていた
すぐに忘れられるさ、と、簡単に思っていた
実際、あまり気にもしていなかった
別の女と付き合うってことはなかったけど、大学は何だかんだ忙しかったし、他に気にする事はいくらでもあった
だから、もう大丈夫なんだ、なんて...
そんな、勘違いをしていた
当てもなく走った
ガソリンと水だけを補給しながら、とにかく走っていた
距離的には、もう600キロ以上を走っている
海岸沿いの道を延々と、ひたすら延々とだ
さすがに、そんだけ走っていたおかげで、頭も随分落ち着いてきていた
腹も、もう倒れそうってくらい、減ってきていた
ついでに、自分があんまりにバカなことをしていることにも気づいていた
幸いに大学は夏休み中
しかし不幸にも、完全にバイトはサボりだった
携帯はない
バイト先の電話番号は覚えてない
連絡は、ほぼとれない
どうしようもない
でも
まあ、いいか、とか思った
店長には悪いけど、仕方がないと思うことにした
バイト先、東京
今、岩手県
バイト始まるまで、後30分
もう無理としか思えない
あいにく、俺は未来から来た猫型ロボットではない
一瞬でどこかにいける道具なんて持ってるわけがない
でも
だからこそ
ここまで来たついで
あの、どこでもドアよろしく、もっともっと遠くには、行きたい気分になっていた
どこまでも続く真っ直ぐな道
サイドにある緑色の絨毯
ろくに電柱も電線もない道路
平らな大地
都心の騒がしさなんてものはなく
車の往来もほとんどなく
人の姿すら見えず
世界に俺一人しかいないような感覚に囚われ
でも、不思議と淋しさはなく
むしろ、スッキリとしていて
サッパリとしていて
俺を通り過ぎていく風の冷たさが気持ちよくて
頭が軽くなったような気がして
もっと風を感じたくて
もっとスピードを上げてしまいたくなって
ちょっとだけ、ヘルメットをかぶらないで走りたくなってしまって
空の青が清々しくて
流れるでっかい雲が羨ましくて
時折見える、敷き詰められたような黄色い花畑が綺麗で
すごく
気持ちよかった
写真でしか見たことのなかった、北海道
もうホント気まぐれに、行こうって決めていた
地図すら持っていなかったけど、行く事に決めた
少し、憧れもあった
だから、どんな場所なのか、知りたかったんだと思う
財布の中身はやや心もとなかったし、犯罪者は北に逃げる、なんてことも頭をよぎったが、気にしない事にした
気にせず走って
青森県に入って
フェリーに乗って
波に揺れながら、甲板で風を受けて
北海道に足をつけて
また走り出して
今は、あの行き止まりを目指している
名前は知らない
知らないけど、よくテレビに出てくる、あの三角形を目的地に決めた
旅行らしい旅行ではないし、見事なまでの貧乏ツーリングだけど
その名前すら知らない場所を、この旅行のゴールに、決めた
そろそろ、夜が明ける
もうすぐ、朝日が顔を出す
そしてもうすぐ、行き止まりに着くようだった
もう、ゴールに着くようだった
さっき、宗谷岬っていう看板が見えた
それを見て、ああ、そんな名前だったっけ、って思った
そして
丁度、夜が明ける頃
その場所に、着いた
「はぁぁぁ......」
三角形の石碑まで歩いて、まず、最初に息をついた
膝に手をついて
下を向いて
目を瞑って
肌に感じる空気の冷たさを感じて
落ち着いて
息を整えて
そして、顔をあげた
「............」
無言で眺めた
そこには、昇り始める太陽があった
平らで、穏やかな紺色の海と
真横に延々と伸びる、紺色の雲の間に挟まれた
オレンジ色の太陽
...思ったより、小さかった
小さかったけど、すごかった
少しずつ
少しずつ、変わっていく空の色
紺色の雲の下辺りには、太陽色の線が走り
見ている光景の全ては、太陽を中心にして、淡いグラデーションの半円を広げていき
そんな風に、世界が明るく、綺麗になっていく瞬間
そんな瞬間瞬間が、とてつもなく、すごかった
俺は、そんな瞬間を見て
「ふぅぅぅ...」
息を吐いた
ゆっくりと
大きく息を吐いた
「すぅぅぅぅう...」
そして、吐いた以上の空気を、肺一杯に吸い込み...
叫んだ
「おれはああぁぁぁぁ―――――っ!!」
「きょおぉこのことがぁっ!」
「すきだっったああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っっ!!!!!!」
「けっこんっ!!」
「おめでとおおおぉぉぉ―――――――――――――っ!!!!!!!!」
こうして、俺の傷心貧乏ツーリングは幕を閉じた
バイトは、首になった
当然といえば当然なので、働いた分の給料だけもらって辞めた
あの旅で、自慢の愛車にかなりの無理をさせてしまったので、お礼を兼ねてまとめてレストアでもしてやろうと思ったのが、おかげで、簡単なメンテナンスしかできなかった
しかも、何だかんだ、あの旅行で金を使いまくってしまったので、色々な支払いがマズかったりする
まぁ、それも仕方がない
ああそれと、恭子に、一本電話を入れた
幸いにも出てくれて、直接本人に、一言伝えられた
「結婚、おめでとう」
恭子も、少し驚いたような感じだったが、「ありがとう」と、そう言ってくれた
少し恨めしかったので、からかってやった
恭子は照れながら悪態を返してきた
さて、これからバイトの面接だ
今度は、少なくとも首にならないようにしようとか思う
なんて、さすがにそれでは目標が低すぎるか
苦笑
だったら、出会い、ってやつにでも期待しようかとか、思い直すことにしよう
そっちの方が、楽しみがあって、ずっといいだろう
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