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ルース・レンデルは、いっとき日本で大人気でした。
(たぶん 「ロウフィールド館の惨劇」 の大ヒットを受けて。) 1980年代後半から2000年にかけて、すべての作品が律儀に翻訳紹介されています。
でも、そのあとがバッタリ...。 ミステリ作家としての腕が落ちて、 「もう売れない」 と判断されたためか、 こみいった翻訳権の関係なのか。 わたしとしては前者のような気がします。
もともと、レンデルの作品にはかなりの玉石混交感がありましたが、 2015年のレンデル死後、表敬のために翻訳出版された 「街への鍵」 が、なんともまあ...。 (こんな魅力のない作品をわざわざ出版した早川書房、その義理人情には胸打たれますが。) この書庫には、レンデルのベストオブベストを納めてあります。
レンデル本はかなり幅広く読んだので、 「傑作を読みもらしている」 ということはないと思います。 |
ルース・レンデル
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「惨劇のヴェール」 ルース・レンデル(角川文庫、1989年、680円) レンデルはほかに、ウェクスフォード警部を主人公にしたシリーズ・ミステリを書いていて、
今日ご紹介のこの作品は、シリーズ最高傑作と評されています。 ロンドン郊外の、ショッピングセンター 地下駐車場で、女性の死体が発見されます。
安っぽい新興住宅で、関節炎をわずらう夫とふたり暮らしをしていた、中年の介護ヘルパーです。 被害者が地味なら、容疑者たちも地味です。
① 関節炎でぐちっぽい夫 ② おしゃれしか興味のない、頭のからっぽな姪 ③ 被害者向かいの家に住む、東欧移民とおぼしき初老女性とその娘 ④ 他者への共感を完全シャットアウトして、傲然たる孤独の中で生きる、へんくつな初老女性 ⑤ ④の女性に身動きできないほど支配されつづけてきた、神経症気味の20代の息子 捜査がすすむにつれ、人びとの生活が、少しずつ少しずつ奥まで掘り下げられていく...。
えっ! そうだったのか! という、大小のおどろきとともに...。 このへんがほんとうによく書けていて、上質ミステリの醍醐味がたっぷりです。 優秀な捜査官であるウェクスフォードが、入院してしまい、
それほど優秀でない部下のバーデン (この人のキャラは好きです) が、捜査の指揮をとります。 かれの思い込み捜査が、たいへんな悲劇を生むことになり...。 ウェクスフォードは、ショックを受けつつも、部下をかばって、たいしたことない風をよそおっているけれど、
ダメでしょ。 バーデンは警察をやめるべきでしょ。 ともあれ、非常にすぐれたミステリーです。 ぜひご一読を。
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「わが目の悪魔」 ルース・レンデル(角川文庫、1996年、540円) 主人公 アーサー・ジョンソンは、
しがない仕事につき、しがないアパートに住む、50がらみの独身男性です。 妻子はもちろん、ひとりの肉親も、ひとりの友人もいません。 ひとを寄せ付けず、自分だけのせまい世界に閉じこもる、偏屈なこの男には、
月に2〜3度の、暗く秘めやかな愉楽があります。 アパートの地下室に、いつからか放置されたままになっているマネキン人形。
その前に立って、白くなめらかな首を、思い切り締めあげる...! 生身の女性を相手にするより危険がなく、ほぼ同程度の満足感が得られるのです。 アーサーの悦楽は、しかし、ある人物によって、奪われてしまいます。
学位論文を書くためにこのアパートに入居してきた、20代のハンサムな青年です。 青年には、自分がひとから恨まれるようなことをした、という自覚がまったくありません。
いっぽう、アーサーのほうは、青年に対する憎悪と復讐心ではちきれそうです。 このふたりが、おなじアパートの住人として暮らすうちに...。 イギリスの小説を読むとよく感じる <階級> というものを、今回、つよく意識させられました。
おなじみすぼらしいアパートに住んでいても、 青年は、いずれ (学位を取ったら) 良い仕事につくはずの、もともと中流階級の人間です。 いっぽうのアーサーは、話し方がたちまち 『無教養を露呈してしまう』 下層階級の出身。 なんか残酷。
変質的な犯罪者であるアーサーは、とてもとても共感できる人物ではありませんが、 青年の育ちの良い闊達さ・明るさにくらべて、アーサーのみじめさ・キモさが、 何ともいえず可哀想...。
この作品も、たいへん権威のある、英国推理作家協会賞 (CWA賞) を受賞しています。
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「身代わりの樹」 ルース・レンデル(ハヤカワミステリ文庫、1995年、620円) ヒロイン ベネットは、デビュー作がいきなりベストセラーになった、若い女流作家です。
2歳の息子をひとりでそだてる、気丈なシングル・マザーでもあります。 ストーリーは、ベネットが空港に母親を迎えにいくシーンで、始まります。
父のリタイア後、父とともにスペインにうつり住んでいる母が、検診のために、一時帰国するのです。 母は長いこと精神を病んでいて、ベネットはみじめな子供時代を過ごしました。 久しぶりに会った母は...、いくらかの不安定さを残すものの、かなり回復をとげたようです。 母の滞在中、たいへんな不幸がベネットをおそいます。
最愛の息子が、風邪をこじらせて、入院先の病院で亡くなってしまうのです。 虚脱状態から抜けられないベネットに代わって、葬儀の手配などをきびきびと引き受けてくれる母。 そんなある日、母が、知り合いの子だといって、2歳くらいの男の子をつれてきます。
はじめ、母の無神経さにイラ立つベネットですが、 やがて、母がよその子を誘拐してきたと知って、驚愕します! どうしたらいいのか。 怒り怯えるベネット。
いっぽう、誘拐された子どもの家では...。 ...というようなストーリーです。
登場人物の造型がすばらしい、と思いました。 ①冷静・知的な女性作家と、②その狂気の母親、
③男を引きつけてやまない肉体派女性と、④その夢中の恋人。 4人の主要登場人物のなかで、④の若い男に、いちばん感情移入して読みました。 英国推理作家協会賞 (CWA賞) を受賞している、みごとな作品です。 オススメです。
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「心地よい眺め」 ルース・レンデル(2003年、ハヤカワ・ミステリ、1700円) <ルース・レンデル再び!> の思いにつき動かされて、
家の本棚からつぎに選んだのが、この本です。 テディは、労働者階級の家のひとりっ子として、生まれそだちます。
両親そろって粗野で無教養なうえに、何より悪いことに、子供を愛するすべを知りません。 テディはハンサムな青年に成長しますが、内面は 『サイコパス』 そのものです。 (他者との情愛交換不能) かれの偏執的な関心は、ただひとつ、美の追究です。 (子供時代、隣家に住んでいた工芸職人の影響) フランシーンは、中流階級のひとり娘です。
幼いころ、母親が銃で撃たれるのを同じ家の中で聞く、というショッキングな経験をします。
父親の再婚相手 (心理療法士) は、フランシーンの 『心の傷』 を癒やすことに偏執的になります。 フランシーンは、継母の <度を越した過保護> にからめとられ、困惑しながら成長します。 ある日、ふたりは出会います。
フランシーンの美貌は、たちまちテディをとらえてしまい...。 ...というところまでが全体の3分の1で、このあとストーリーは、狂気と破滅の予感をはらみながら、
はじめはゆっくり、しだいに速度を増しながら、結末に向かって突き進んでいきます。 みごとな作品です。
ルース・レンデルの面目躍如です。 |
「惨劇のヴェール」 ルース・レンデル
「わが目の悪魔」 ルース・レンデル
「身代わりの樹」 ルース・レンデル
「心地よい眺め」 ルース・レンデル





