Nsの徒然なるままに♪日記

平成28年5月5日をもってここは終了しました!

看護

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先日の土曜日、6年前に配属してた透析室の送別会がありました。
今年の3月、つまり今月いっぱいで定年退職されるお2人を送るために。
お一人は、透析に長いこと携わってきた師長さん。
そして、もうひとりは病棟時代から、透析に配属になったときも一緒だった先輩Nsさん。
 
いまは、勤務場所が違うけど、このお2人と縁の在る人たち(OB)にも声をかけてくださり参加させてもらいました。
懐かしい顔もたくさんいて、総勢約50名。
ドクターとナースと、透析室なだけに、臨床工学技師さんもほぼ全員の参加。
 
とにかく、透析室はMEさんが何人もいるので、コンピューター関係に強く、この送別会も派手派手でしたぁ
 
披露宴???って思うほどの会場から、送別されるお2人が入場するときも
キャンドルサービスで来たの〜
○テーブルが4つ、それぞれにキャンドルがあって、灯していく。まさに新郎新婦みたい。
 
余興はスタッフが
「魅せられて」をもじって踊ってたぁ オデブちゃんだから正直見たくないって
 
MEさんたちが作成したDVD。これもいろいろ加工してあってPVみたい〜
お2人の形跡がよくわかる、そして伝説になりそうな語録の数数をおもしろおかしく再現したものでとってもおもしろかった
 
デザートタイムは、なんとケーキ入刀
といっても、ウエディングケーキはさすがにないから、形だけだったけど。
このケーキの数〜
 
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今日だけは勘弁〜ってことで、ぺろっといただきましたわよぉ
やっぱり翌日2kgも増加してたぁ
 
最後に花束贈呈ならず贈り物贈呈。そして、無理やり退場させられてたぁ
主役なのに
 
帰りは、参加者で花道を作って、その輪をくぐってもらって送り出す〜
 
なんだかほのぼのした優しい気持ちになれたなぁ
 
透析に居るときから何かと気にかけてくれてた師長さん。
数年前にご主人を亡くされて、いまはひとりだから寂しいと思うけど、そんな面はちっとも見せずにいつも元気で、そしていつもスタッフの味方だった。
芯の強い方だったから後姿を見て勉強になった。
 
そして、もうひとりの先輩は、かなり前から病棟で一緒だったし、透析に配属になったときも1ヶ月違いで一緒だったから、ふたりで泣いた日もあったし、いつも励ましあってきた先輩。ずいぶん年上なのに、それを感じさせない人柄がみんなからも愛されてかわいい先輩でした。かなり天然なところもあるんでいろんな伝説作ってるけど
 
 
 
 
春は別れと出会いの季節。
病棟でも退職する後輩がひとり。いっしょにEXILEのライブに行った想い出ができた。
 
来月になれば新人が配属されてくる。
そして、本格的に自分は管理職としての立場を考えなくては・・・
 
ま、遊びながら適度にね〜
 
 
話題は全然変わるけど、ツアーグッヅが発表されたとか。
まだチラッとしか見てないけど。
 
4月14日の初日公演に行くので、グッヅのゲットが厳しい方は一緒に購入してきますから、遠慮なく言ってくださいね。
メールでもゲスブでも
この日、休み希望が多くて、休みがもらえるか微妙だったんだけど、師長さんに直々に頼み込んだ甲斐があったか〜ライブに行く後輩も休み取れそうだったから。
朝一で現場にGOです!!!
 
ただいまライブDVDを毎日鬼リピ〜早くライブ行きたいですぅ
 
 
 
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本日、約1年半ぶりの深夜勤を終えてまいりました・・・ちかれたぁ
 
4日間の日勤を終えて、その夜の入りって、よく考えたらありえない勤務だったし〜
 
眠れるかな〜っていう心配をかかえて、2時間くらい仮眠できたかしら〜
 
そして、夜12時に出勤。
 
今回は、プラスαだったから、受け持ち持たずにフリーでしたので、朝まではやることなくて〜
しかし眠気が襲う・・・
 
入院もなく、病棟も静かだったし、なによりも、一緒に夜勤入りした後輩たちが、笑顔で接してくれたこと、心配しながらも、自分にできることをさせてもらったのに、後輩たちの方から感謝してくれたこと、
師長さんが出勤したときも、まっさきに声かけてくれたこと。嬉しかったぁ
 
明けで帰ろうとしたら、バッグの中に「タフマン」のドリンクが忍ばせてあって、同僚からの温かい一言が添えられて入ってました。
 
今度の準夜勤はいつにするかを師長さんと決めてから、一緒に働くスタッフに声をかけていったら
(以前、ハワイでSURFの商品を買って来てくれた彼女)素敵な笑顔で答えてくれた。
 
 
患者さんに感謝されることもエネルギーになるけれど、看護の仕事の原則はチームワーク。
 
復職当初は、みんなも戸惑っていたと思うけど、今は、自分自身が出来ることを精一杯しているのを
見ててくれてるから、誰もが声をかけてくれるし、笑顔になっているのがとても実感できる。
 
頑張ってよかったなって思う。
 
完全復帰の時が見えてきたかも・・・
 
 
 
 
 
 
 
そして、3周年を迎えたこのブログに来てくれる皆様にも、心から感謝いたします。
 
いつも応援していただいてありがとうございます。
 
身体の故障箇所はまだまだ完全ではありませんが、年齢も考え、体調と相談しながら行きます。
 
こんなにいい仲間に支えられて、こういう記事がかける時が来たこと、ほんとによかったと・・・
 
 
 
その反面、離れていく人もいますが・・・このことはそのうちに・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
天国に行っても 「同志」です。。。
 
 
 
娘は確かな“足跡”を遺していた。宮城県東松島市野蒜(のびる)で激しい津波に遭い、亡くなった尾形志保さん(22)が2月の看護師国家試験に合格していたことが分かり、母親の妙子さん(51)に合格証書が手渡された。「私と同じ道に立ってくれた」。市内の病院で看護部長を務める母は、成長した娘が同じ看護師として、いまでも自分のすぐそばにいてくれていると信じている。(中村昌史)

【写真】もっと早く遺体発見できたのでは…機動隊員の葛藤

 ■「私と同じ道に…」

 「言葉にならないです」

 祭壇に3人の遺影が並んでいた。津波は志保さんだけでなく妙子さんの夫、登志憲(としのり)さん(51)と長男、剛(ごう)さん(20)の命も奪った。自宅が流されてしまったため、妙子さんの携帯電話に残った画像を遺影にした。妙子さんが履くジーンズは志保さんの数少ない遺品だ。

 3月11日。激しい揺れがあったとき、妙子さんは病院で勤務中だった。

 志保さんは自宅で将来の病院勤務に備えた勉強をしていた。その後、剛さん、愛犬とともに車で、近くの高台にある避難所へ向かったようだ。登志憲さんも合流したとみられている。

 ■津波来ないでほしい

 《津波が来ないでほしい》。志保さんがミニブログのツイッターにそう書き込んだ直後、「黒い波」が襲った。

 何日後のことだったか。気が動転していて思い出せない。廃虚と化した野蒜駅周辺で志保さんが見つかった。間もなく、そこから数十メートル離れた場所で水没した車中から、登志憲さんと剛さんが寄り添うように倒れているのが発見された。

 「志保は几帳面(きちょうめん)で段取りの良い子。自分が最初に見つかることで『パパと剛も近くにいるよ!』と知らせてくれたんだと思う」

 多くの負傷者への対応に追われ、2週間近くも不眠不休の勤務を続けていた妙子さんに現実を受け止める余裕はなかった。清められた3人の遺体は、ほとんど傷がなく湯上がりのようだった。

 志保さんは仙台市内の大学で看護を学び、4月に県外の学校へ入学することが決まっていた。患者に真剣に接する母の姿が、看護師を志すきっかけだった。

 「友達の赤ちゃんを、みんな取り上げるんだ」

 助産師志望。楽しげに夢を語る志保さんに、妙子さんは「婚期を逃すよ」と冗談めかした。でも、「結婚に興味はないよ」とかわされた。「理想の旦那さんはパパ」。志保さんは常々こう話していた。

 震災後、妙子さんは志保さんのブログを見つけた。こんな書き込みがあった。《明日で人生が終わるなら、友達皆に連絡して最後は家族と過ごしたい。「楽しかったよ」と伝えたい》

 ■厚労省も動く

 夫や子供たちは、なぜ死ななければならなかったのか。自分はなぜ残されたのか。妙子さんはいま、必死に答えを探している。「『復興の兆し』というけれど、やっと現実と向き合い始めたところなんです」

 娘の看護師試験の合格を知ったのは3月末だった。「志保が生きた証がほしい」。妙子さんは免許状を希望したが、国の規定上、亡くなった人には交付できない。

 「何とかならないのか」。事情を知った議員らによって国会で取り上げられたこともあり、厚生労働省も動いた。特別に合格証書が作られ、被災地視察に向かう厚労省の責任者から、妙子さんに手渡されることになった。

 「娘は本当に喜んでいると思います」。18日、合格証書と志保さんの遺影を胸に、妙子さんは涙をぬぐった。

 「震災の真実を100年後も200年後も伝えてほしい。亡くなった多くの人のために。同じことが二度と起こらないように」


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合格おめでとう・・・
 
 
 
 
 

看護のすばらしさ

 
被災地に医療支援として行っていた同僚ナースが帰ってきました。
 
現地には3日間での活動でしたが、静岡から岩手県までマイクロバスで片道13時間をかけて。
そして夜は寝袋で板の間での睡眠・・・これが一番辛かったそうです。
幸いにも天候は良くて、寒さはそれほど苦痛ではなかったようですが・・・
 
とある小学校の避難所で、保健師さんと行動し健康管理をしたり、各避難所を廻って健康チェックなどの支援をしてきたそうです。
 
話を聞いてて、こちらで普通に生活が出来ていることのありがたさをさらに実感しました。被災地の方々は厳しい環境の中での生活がもう3週間以上にわたっている実情に心が痛みます。
やはり、話し相手になるだけでもケアになっているとのことでした。
 
被災地で活動している医療者の皆さんに敬意を表します・・・
そして、医療を求めている方々に、できるだけ愛の手がとどきますように・・・
 
 
 
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今日から新人ナースが病棟へ配属されてきました。
今年は2名。ひとりはナースマンです。これで今の部署ではナースマンが3人になりました。
今年の新人さんはすごい体格が良くて、大きくて、見るからに力がありそうな頼もしい感じです。
 
この時期は、個人的に初心にかえらせてもらえます。すごく新鮮です。
今の自分の立場を考えて、新人さんたちと一緒に歩んで行きたいな〜って思いました。
先日、脳梗塞で言葉を失ってしまった患者さんが、少しずつリハビリをして、日常の生活に戻りつつあるのをみて、そして、ずっと入れなかったシャワーをすることで
患者さん自身も自信を取り戻し、介助に入ったわたしの顔を見ると、満面の笑顔を見せてくれたこと。リハビリ病棟へ移動する前日にもシャワーに入って、とっても喜んでくれたこと。言葉がうまく話せなくても思いは伝わる・・・
あの笑顔は、わたしに勇気をくれました。
 
本当に患者さんが求めていること・・・あらためて考えました。
日々、決められたことをこなすのが精一杯な仕事量ではあるけれど、そんな中で、
制限ある入院生活の中で、できるだけ日常に近くなことができるかがなによりも嬉しいことなんですよね。
 
今の自分にできることを、これからもやっていきたいと思いました。
 
 
 
 
 
ちょこっとEXILE関係・・・
ずいぶん前に、院内の「えぐざいる会」のことを書きました。
先頭にたってくれた師長さんと、先日やっとお話ができて・・・
スタジアムツアーのライブのあとに、ファンクラブに入っている仲間を募って、飲み会を開催。
あのペンライトを振って、みんなでEXILEの歌を熱唱して、とっても楽しい宴会をしたそうです〜
 
いいな〜こういうの。久しく参加してない・・・
今度開催する際には、ぜひ誘ってくださ〜い!!!とお願いして来ました!
 
こういう機会が自粛されちゃってますけど、もっともっとしたほうがいいですよね。
 
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        TAKAHIROちゃ〜ん! いい笑顔をみせておくれ〜
 
 
 
 
 

インフルエンザ警報!

国立感染症研究所が発表した、ここ最近のインフルエンザ流行地域。
静岡県に警報レベル!
 
ニュースでも1月10日ころから急速に感染者が急増(約5倍)しているとのことでした。
 
 
〜いま、病院内でも患者さんだけでなく、予防注射を受けているスタッフの感染が
目立ってきています。うちの部署も2人目です。
 
昨年は国内中で警戒していたためか、予想した感染拡大までに至らずよかったのですが、今年は各個人の予防する意識が薄れているような気がします・・・
 
確かに予防注射だけでは防ぐことはできませんけど、自分の身を守ることはしましょう。
マスクするだけで、かなり確率は下がります。
 
発熱、咳があるときは外出は避けてすぐ受診しましょうね。
 
 
 
 
 
 
 
たまにはナースのお仕事らしいこともね〜
 
 

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