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2017.3.3(金)
きのうからボートショウ始まる。
毎年、初日に行くが昨日は雨、強風、雷の予報だったので、今日にする。

昼は、恒例となっている、ランドマーク一階、陳建一 麻婆豆腐店。
麻婆豆腐も食べたいし、坦々麺も欲しい。
そこで、両方食べられる1500円のランチセットを注文。
私は辛いのはダメなので、両方とも一番辛くないのにする。
ここは味良く、店内も騒がしくない。お勧めです。

ボートショウの会場はいつも通り、パシフィコ横浜。
一渡り会場内を見る。
ヨットはディンギーのみ。全体に、ややさみしい。
勢いが感じられない。
KAZIのコーナーで、帽子を購入。何度か買い換えて長年使っているのがボロボロになってしまったわけ。

無料のバスで、クルーザーが海上展示されている、ベイサイドマリーナへ移動。
ここも例年より少しさびしく、既存のポンツーンをつかって展示されていた。

両会場を散策中に、いつも3〜4人の知り合いに会うのだが、今日は誰とも会わなかった。

4時半ごろパシフィコに戻る。
ここから先、野毛を目指す。
実は昨年のボートショーの後、ワカメさんが素晴らしい焼鳥屋につれていってくれ、
今年も、是非訪れたいものと、予定していたのだ。
この店は5時開店でその前から並んでいて、5時になるとすぐさま満席になってしまう。
店名は末広。

野毛の小路に入ると、急ぎ足で前を歩く二人が開店は5時、早く行かないと満席になってしまうと話している。
これは末広に向かっているのだと、後を付いて行く。
店までは5分程か、もう人が並んでいる。人が動き、入り始めるのが見える。
と、前の二人の少し前で満席となる。

店の前に入り損ねた何人かが立っている。
今、飲んでいる人が一回りしないと空かないので、待っているのは無理。
それに、この店は末広では無い。小さなドアがあるだけで看板も出ていない。
野毛にはもう一軒、逃さざるべき、焼鳥屋が存在すると、知る。

路を戻り、地図を見ながら末広へ。
店の前に来ると、入りきれないかった女性客が立って、携帯を掛けている。
聞くと、やはり満席。
しょうがないので去年末広に次いで教えてもらった餃子屋で生と、餃子を食す。
生二本飲んだところで、店を出て、末広に向う。
店の前に人はいない。
ガラス戸を空けて、一人と指を立てると、丁度、1席のみカウンターの端が空いていた。
ビールは瓶しかない。3種。キリンにする。
焼鳥は皮と手羽先を注文。

末広を出て、さっきの店に行って見る。
やはり二人、順番待ちの人が待っていた。少し話す。
もう30年も通っているとのこと。
と言うと有名な店なのだ。
看板も無いですねーと言うと、入口ドアの左に4つほど立てに並んだ小さな丸い模様を差し、店名を言う。
良く聞こえない。
小さな丸い模様にローマ字で書いてあるらしいが暗くて読めない。

家でネットで調べて、店名は、伸喜(しんき)と判明。
興味ある方は5時前に訪れてみて下さい。私も入ってみたい。

それにしても野毛というのは独特の雰囲気を持った飲み屋街です。
6時前にはいっぱいになってしまう飲み屋が多数並んでます。
東京にはこの様な飲み屋街は無い。

渋谷廻りで帰る。
ロブションのパン屋でカンパーニュを買いに寄ったが売り切れであった。
8時半ごろ家着。

写真:
・ボートショウ会場のパシフィコ横浜
・パシフィコ横浜会場のヨットコーナー
・ベイサイドマリーナの海上展示場
・SWAN 40が出てました
・これは展示コーナーの中にあったが、ホロを掛けてあり展示艇か不明。
 きれいなニス塗り。イタリアのベニスに浮かぶのが適切な艇。

・これはボートショウとは関係ありません。
 ドイツの大学に行っている娘がチョット帰国。お土産スパゲティ。

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2017.1.31(火)

海路から日本の聖地を訪ねる。

私の船旅は日本の聖地を訪ねる旅。
1000年、2000年の昔、人が聖地へと、お参りするのは陸路では無く、
海路が殆どであった。と考える。
ヨットで港、港に寄港し、道を辿り、その地の聖地に自らの足で立つ。参る。

朝廷から国司として土佐に派遣された紀貫之が都に帰るまでをつづったのが土佐日記。
当時、国司はその国の最高の官位であった。
その最高の官位者が道中を辿った道は陸上の道では無く、海路であった。
紀貫之が土佐物語を書いたのは紫式部が源氏物語を書く前だ。
それほど、遥か昔は、陸上の道より海上の道の方が安全かつ早く移動できたのだ。
現代に生きる我々は移動とは即、道路と考えてしまう。
1000年前は道も無く、宿屋も無く、山賊が跋扈していた。
現代の人が考えるより遥かに海路は安全で早く移動できたのだ。
現代の人には想像できない程、人々が聖地を訪れる際、海路を使っていた。

私の旅は1000年前、2000年前の聖地を訪ねる旅。
100年生きる人が10人で1000年、20人で2000年。
1000年、2000年はすぐ、そこにあるのだ。

海路から神に参る。
未だ未整理部分が多多あるのですが、ほぼ見られる様になりました。
興味ある方はご覧下さい。

海から神に参る:
http://www.donsaigou.com/umikaramairu.html

事例1.隠岐、西郷港で参る
隠岐の島、式内社、名神大、水若酢命神社(みずわかすじんじゃ)
http://blogs.yahoo.co.jp/sa3307/62725244.html

事例2.下田港で参る
式内社 伊豆國賀茂郡 伊古奈比很真澄覆い海覆劼瓩里澆海函某声辧D名痢白濱神社
http://blogs.yahoo.co.jp/sa3307/61590583.html

事例3.宜野湾マリーナ で参る
沖縄最大の聖地、斎場御岳(せーふぁうたき)
http://www.donsaigou.com/jsefa.html

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2016.12,10(土)
5時半から銀座で長距離航海懇話会の忘年会。
少し早く着いたので、久しぶりにすぐそばにある無印の巨大店を物色。客でごった返していた。

場所は東京国際フォーラム。ラファエル・ヴィニオリ設計の素晴らしい建築です。
その2階。レバンテ。
久しぶりにDAMAさん、名古屋の景虎さんにお会いする。

お開き後、新宿に出て、いつものギネスへ。
お久しぶりですねと女のバーテンに言われる。
飲みすぎないで帰宅。

きのうは木屋に砥ぎに出していた包丁、鋏を受け取りに三越前まで。
桃居での村上躍展初日。六本木に移動。
霞町の浜の家で昼食。うまい、安い。
桃居は若い女性でいっぱい。
男の客は私一人。女性客は皆、幾つか購入している。一人、3つまでとの注意書き。
歩いて表参道、原宿へ。新宿で何箇所か廻り帰宅。

写真:
・忘年会のテーブル
・木屋に出していた船で使う鋏、ナイフ、木屋の包丁。
 写真には映っていないが、勿論、家で使う有次の包丁も砥ぎに出しました。

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