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2006.8.9(水)暑くなる前にと、朝食後すぐ細島の町を散策。
細島漁港、漁港の先の高台にある朝日大神宮(今は大御神社)、御鉾神社、鉾島神社(地元の人は八幡様と呼んでいる。細島の主たる神社)、1436年細島に生まれ安房国日蓮宗本山妙本寺座主となり細嶋に帰国し、この地で没した僧日要の墓、曹洞宗観音寺(明治4年勅旨岩倉具視が鹿児島への帰りに当地の本陣とした。海路軍艦にて鹿児島から来た西郷隆盛、大久保利通、西郷従道、山形有朋とともに、船で帰京した。山門が1840年創建の立派なもの)、妙国寺及びその石庭(宮崎県唯一の国指定名勝庭園。背後に山を抱え、苔むした庭に山からの水が注ぐ。なかなかの枯山水)、八坂神社(地元の人は祇園さんと呼ぶ。美々津でも八坂神社を同じ呼び方をしていた)。戻って9時。

朝に細島探訪の後、期待の大御神社(おおみじんじゃ)へと向かう。大御神社は細島の西側、細島からいうと山の裏、伊勢ヶ浜に鎮座する。この社はなんと神武天皇をもっと遡り、神話時代、地上である葦原中国(あしはらのなかつくに)に降臨した天孫ににぎのみことが登場する。ににぎのみことが天照大御神を細島のこの地の祭ったと伝えられる。
神武天皇にも関係がある。細島に着いた次の日、美々津の項で語ったように神武天皇が美々津を船出したが海況が悪く細島に一旦、入港する。細島では地元の人々を苦しめた巨大鯨を退治した伝説が残る。
神武天皇が再度軍勢をつれて細島を出港する時、この大御神社に武運長久を祈ったと言い伝えられる。

写真:大御神社
   大御神社にある天孫ににぎのみことが登って眺めた大岩がある。そこからの眺め
   神武天皇が出港したと伝わる伊勢ヶ浜海岸。台風の余波で波が高い
   細島遠望
   妙国寺の見事な枯山水庭園

細島の名の起こり:神武天皇が巨鯨を退治した後、武器の鉾(ほこ)を立てて置いた場所を鉾島と呼び、そこを後に細島と言うようになった。

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