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2006.8.10(木)今日は午後から曇る予報ではあるが、雲ひとつ無い東の空に朝日が昇って日が差しており、曇るようにはとても思えない。食事を終わって6時半。

延岡観光に出かける。
延岡には奈良時代に勧請した神社が二つある。
その奈良時代勧請の春日神社と今山八幡宮に参る。

延岡は城下町なので和菓子の良いものがあるはずなので、駅で売ったり、大々的に宣伝している店とは違い、古くからの伝統ある和菓子屋があるはずだ。地元の比較的裕福そうなな人に聞いてみる。7万石というのがあることが解るが歩いては到底いけない。幸い春日神社へタクシーで行く途中に店の前を通る。春日神社参拝後、暑い中歩いて店まで行く。主人らしき女の人も若い人も感じのいい店であった。

以下は観光案内サイトより。
(569)年:欽名(きんめい)天皇の時、土持(つちもち)氏が縣(あがた、当時の延岡地方の地名)に封ぜられた。

※縣とは、村の大きいものを指し、家の群がっているところを村と呼び、村がいくつか集まったものが縣で、縣には県主がおり、地方の豪族が選ばれていた。

※土持氏は、これから290年続き、859年三河国に封ぜられ、さらに300年を経て再び縣に転封となり、天正6年までの422年間、日向の豪族として勢力を振るった。
大化2(646)年:大化元(645)年の「大化の改新」により、国・郡・里の制度ができ、縣は郡となり、延岡地方は臼杵(うすき)郡となった。

※大化の改新とは、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ・後の天智天皇)、中臣鎌足(なかとみのかまたり)ら朝廷豪族が蘇我(そが)一族を滅ぼして開始した古代政治上の一大改革。
国・郡・里制による朝廷集中、班田収授法と租・庸・調の税制の統一を行った。

養老10(726)年:恒富村に春日大明神(かすがだいみょうじん・現春日神社)を勧請した。
一説に養老5(721)年とも。

※春日神社の境内には、推定樹齢800年とみられる楠(くす)の大樹が3本ある。
伝承によれば、昔、神社が現在地の西北西300mの田中という土地から遷宮された折に植えられたという。

天平勝宝2(750)年:岡富(おかとみ)村に宇佐八幡宮を勧請し、岡富八幡宮(おかとみはちまんぐう・現今山八幡宮)を創建した。

※延岡地方が臼杵郡となったことにより宇佐八幡の社領が設けられ、今山に神霊を祀った。

写真:春日神社
   今山八幡宮

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