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高千穂へ

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2006.8.11(金)せっかく日向にいるんだからと、高千穂に行ってみることにする。6時40分のバスに乗り、7時半に船に戻る。
高千穂は天孫にぎにぎのみことが地上に降り立った場所である伝えられている土地である。また古事記に記載された天岩戸はここであると言われる場所があり、岩戸を御神体とする天岩戸神社がある。そのた古事記に記載された天孫降臨、神武天皇に関する古い言い伝えとそれを今に伝える古い神社が数多く集中している。陸上からこの地を訪ねる可能性は極めて低い。せっかく船で日向まできたので高千穂まで行ってみることにした。
高千穂に行って先ず驚いたのは、大変大きな町で賑やかで店も多く、巨大なAコープがあり、私が見た最大の宮崎銀行があり飲み屋があり飲食店があり、町に活気があることである。私は勝手に高千穂とは深山幽谷、神域として静まり返った、お参りする人以外は訪ねる人も無い土地であると思っていた。いったいここの住人は何を仕事としているのだろう。町自体も大きく農民とか観光産業従事者はほんの一部であろうと思う。高千穂神社、天岩戸神社、くしふる神社はじめ有名な神社や土地があるが門前町の雰囲気は無い。町の中にそれらも存在しているといった感じである。天岩戸神社の周りもお土産屋や観光客向けの飲食店もあるがまあまあのAコープがあり、土地の人用と思われるきれいな飲み屋ありでここでさえ観光とは独立した町である。
ついでに言えば延岡の市内からバスで約1時間半かかるが、熊野本山に向かうようにドンドン山奥に入って行くと行った感じとは程遠く、道路の周りには家が続き、かなりの規模の町があり、学校らしき大きな建物ありとズット町が続いている。確かに川沿いか街道沿いかにしか人家や町は無いが高千穂にいたる道は人無き深山を行くのではなくかなり開けた土地を進むことになる。

高千穂は神域として特異な巨大岩石の壁、異様な山景が連なるといったところではない。これも意外であった。むしろ穏やかな曲線を持った緑豊かな山並みと谷がつらなっている。のどかと言っても良いほどだ。これから考えるに神域と強く感じられるところに神社が祭られてきた。ところが高千穂はむしろ神武天皇や天孫降臨の言い伝えの方が先ずありその結果として神社を建てたからではないか。神武天皇や天皇の祖先は高千穂に地に生まれその地を支配していたことは本当ではないかと感じた。

写真:
・高千穂神社。神武天皇の御兄三毛入野命が高千穂に帰られひもろぎをたてて神代御三代をお祭り
       されたのがはじまり。と高千穂宮御由緒にある。
・高千穂神社の鎮座するこんもりとした森。大きな山が背後にあるのではない。
・雨岩戸神社西本宮。雨岩戸と伝えられる洞窟を御神体とする。
・天岩戸神社東本宮。昌泰年間の記録に天照大神が天岩戸より出た時、思兼神(おもいかねのかみ)、そ          の手を取って東本宮の土地に御造営の御社殿に御鎮りを願った記されている。と神          社略記にあり。
・雨岩戸神社東西の間を流れる川と渓谷。この少し下流左側に天岩戸がある。東本宮はこの渓谷の左上、                   西本宮は右上にある。ほんの少し上流(後ろ側)にや八百万の                   神々が神集い神謀った天安河原と言われる洞窟がある。
・くしふる神社。本来はくしふるの峯全体が御神体であった。古事記に「筑紫の日向の高千穂のくるふし        たけに天降りまさしめき」とあり日本書紀の一書にも「日向の高千穂のくるふしの峯に        致します」とあり。と説明板あり。
   

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