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枕崎港→坊津港

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2007.6.21(木)
枕崎港から坊津港へ移動。
坊津は1000年以上の歴史を持つ港である。是非きてみたかったところである。
7時に枕崎港を出港して9時少し前に坊津に舫い完了。今9時。

坊津に来て良かった。すばらしいところだ。不思議なところだ。美しくゆるやかな緑の山が取り巻く。
穏やかな時間が止まったような海と船の景色。

実は坊津に来て見たいと思ったのは三叉たかし著、南九州の海商人たちという本をサンマリーナ宮崎でよんだことによる。
ECHO POINTを着けたのは地元の小型のモーターボートの横であった。
そのオーナーも定年で故郷に帰ってきて船を買って遊んでいるとのこと。
坊津についていろいろ教えてもらう。坊津の旧家の人らしい。名前を聞くと森さん。
今の家は150年前のもので場所はあそこですと指差す。
30分ほど色々話て昼になったので船にもどる。
今、坊津に来たきっかけになった本を読み返していて驚いた。
森家は江戸時代からの豪商としてしられている。と記載されている。
いま、観光地にもなっている密貿易屋敷(倉浜荘)は森さんの屋敷であった。

食事のあと2時ごろから5時ごろまで坊津と隣の泊港を散策。
坊津は歩いていて実に気持ちがいい。

坊津では先ず
1)一乗院跡(現在は小学校)。仁王像、上人墓地
2)坊津歴史資料センター輝津館
3)八坂神社(坊津)九玉神社(泊)。
4)赤い鳥居が見えたのでふと見ると船戸神社。

夕方、3分ぐらいにある寺田旅館で風呂に入る。わざわざ艇の前まできて風呂に入れると教えてくれた。

写真
・ECHO POINT係留地
・一乗院跡の仁王像
・一乗員跡から見た坊津港。勝手の俊秀僧が学堂から眺めた景色。
・江戸時代の浮世絵、中国の書にも描かれた双剣岩を眺める景色
・一乗院跡案内図
・仁王石造説明
・八坂神社境内
・八坂神社参道
・拝殿
・拝殿額
・本殿
・九玉神社境内
・九玉神社参道
・船戸神社参道
・拝殿
・説明

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紀元前284年、燕・趙・韓・魏・楚の5カ国連合軍に斉が大敗し、首都臨淄を陥とされる。

湣王は、国外へ逃亡した。

秦は、諸国に苛烈な攻撃を加え、紀元前260年には長平の戦いで趙に大勝し、45万と言う将兵を一度に殺した。

また紀元前256年に東周を滅ぼす。

紀元前247年に政が秦王に即位する。のちの始皇帝である。

紀元前230年に韓を滅ぼし、続いて紀元前228年に趙、紀元前225年に魏、紀元前223年に楚、紀元前222年に燕、そして紀元前221年に斉を滅ぼし、天下を統一。

戦国時代は終結し、中国史上初めての統一王朝が誕生した。

多くの戦争難民が日本列島に逃げ落ちた。

2012/8/14(火) 午後 10:28 [ アジアや世界の歴史や環境を学ぶ ] 返信する

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