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2009.7.11(土)
大正時代、日本一の富豪村と紹介された橋立に来ました。
かってこの村の殆どが北前船の船主だったのです。
ただ福井港三国地区から近すぎてここに寄るヨットマンは先ずいません。
三国のヨットマンも来たことが無いようでした。
どんなところか来て見たかった。
北前船の船主であった酒谷家の屋敷が今、北前船の里、資料館として公開されています。
今行ってきました。
敷地975坪、建坪192坪、延床面積288坪。建物自体は当時のまま保存されています。

江戸時代のまま保存され公開されている北前船主屋敷があり蔵六園です。この二つしかもう残っていません。
蔵六とは亀のこと。橋立、大聖寺藩の藩主が庭の石が亀に似ているのを見つけ蔵六園と名付けた。
江戸時代からの見事な庭を北前船主の屋敷は持っていたことがわかる。
資料館の方には庭がありませんがと聞いたところ、全て売り払われてしまったのだそうだ。

なお、橋立は北前船の船主が数多く住んでいたいたのであって、他の港の様に北前船が多数寄港して商業都市として栄えたのではない。莫大な富みを稼ぎだした北前船の所有者、資本家が集結していたのだ。
ただ、残念ながら2つの屋敷以外は特に特徴がない。港は小さく、景色の良い天然の良港といったところではない。
北前船の歴史と移り行く世の中の栄枯盛衰につき思いを馳せたい方には一見の価値あり。

参考:北前船について知りたい方。岩波新書、高田宏著「日本海繁盛記」、資料館資料、「北前船とそのふる里」500円。電話すれば送ってもらえると思います。0761-75-1250。牧野隆信氏の著書。

写真:
・橋立に舫うECHO POINT
・今は北前船資料館として公開されている北前船船主屋敷
・江戸時代からの庭も当時のまま残している蔵六園。室内もきれいです。ここも是非見てください。
・出水神社参道。式内社。
・拝殿
・本殿
・説明碑
・貴船神社

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