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泉大津から高野山へ

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2013.10.12(土)
突然ではありますが、泉大津マリーナから高野山へ行ってきました。
実は、6年前に泉大津に来た時も、ここから高野山へは近い、行けないかなーと思いながら、
あれこれやることに追われ、実現できなかった。
今回はチョット高野山の話をしたところ、秦さんが、行ったことのない、私と川村さんを、
車で案内してくれることになったのだ。

曲がりくねった細い道をドンドン昇って行く。
秦さんが、こんな人が居るんだと話してくれると、良く知っている人だったり、
私がロングで会った印象的、魅力的人物について話すと秦さんが良く知っている人だったり、
友達の友達だったと判明。
川村さんの明晰な会話と独自の論理展開。大正15年生まれって信じられます?
3人での楽しい会話が続く中、11時前に高野山着。

先ず、観光案内所を探しパンフレット、地図を貰う。
先ずは奥の院
弘法大師空海の墓。
向かう道の両側に二十万基を越える墓が並ぶ。
つきあたりの大きな建物で参拝して帰ってしまう人が多い。
墓はその裏にある。

次に金剛峯寺
高野山真言宗三千六百寺の総本山。

かなり歩き、二人が少し休む間、
私一人、
国宝、金剛三昧院多宝堂へ
北条政子が夫、頼朝の菩提寺として創建。
高野山最古の木造建築。

次は私が高野山で是非明らかにしたかった課題
高野山は弘法大師空海、真言宗いや仏教の最大の聖地と言って良い。
その聖地の中心地に神社があるのだ。

御社。
壇上の西端にあり三社が並列する。
弘法大師は高野山開創にあたり、仏教の諸尊と日本在来の神祇との融和に意を用い、
高野山の地主神として丹生明神と高野明神(狩場明神)を勧請。
その本社は山麓天野にある。大師以後今日に至るまで山内の住侶はこの両明神を
厚く尊崇してきた。(解説看板より)
弘法大師が神社を勧請したのだ。

昼食は帰りの下り坂にあるうどん屋。
柿の名産地で車道に積み上げて売っている。
良さそうなところで、3人とも購入。
300円で食べ切れないほどある。

途中で大きなスーパーに寄ってくれ、私と川村さんの食糧調達に協力してくれる。
3時過ぎにはマリーナ着。我々を降ろして秦さんは家路へ。
有難うございました、秦さん。

艇に戻るとすぐ、頼んでいたエンジントラブルへの対処で、
上田さんが顔を出してくれる。
動作不良個所を取り外し、以前同じ症状を解決したことのある人と一緒に工場へ。
残念ながら、うまくいかなかった。
次の手を考える必要あり。

写真:
・泉大津の朝日
・弘法大師空海御廟
・金剛峯寺
・国宝、金剛三昧院多宝堂
・御社

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