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西ノ島の式内社

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2014.7.25(金)
昨日書いた様に
今いる西ノ島は古代の行政区分では知夫島と合わせて、知夫郡であった。
知夫群には式内社が六社ある。
その内、名神大社は由良比売神社
他の式内社は
海神社
大山神社
比奈麻治比売命神社
真気命神社
知夫島にある天佐志比古命神社

海神社(わたのじんじゃ)
地元で「かいじんじゃ」という人もいる。
別府港にある黒木御所跡からすぐ、道路を北に少し進むと
左側に道路に面して鳥居が建つ。
丁度、祭祀を実施中で太鼓をたたいていた。
神社は海に向かっており、海の先には対岸の中ノ島が見える。

大山神社(おおやまじんじゃ)
私が最初に鶴丸ポンツーンに着いた時に教えられ、スーパーを見に行った時、
何かを感じて、となりにある大山神社を見つけ参拝。
後で、式内社と知る。
鶴丸から歩いて毎日の様に行っている大型スーパーのユアーズのとなりにある。

比奈麻治比売命神(ひなまじひめのみことじんじゃ)
ここへ行った人は少ないと思う。
一度はあきらめていた。
ところが偶然、焼火神社の宮司さんに遭遇し、行けますよとの言葉で、
行ってみることにした。
西ノ島の北東先端の宇賀にある。
バスは10時代と17時代の日に2本しかない。帰りは歩き。
鶴丸10:26のバスに乗る。
運転手に宇賀の比奈麻治比売命神社のプリントアウトしておいたペーパーを見せる。
宇賀の少し手前、あすこですと、海に面して建つ鳥居を
運転手が指示してくれる。10:50
下車しようとすると、二人のおばあさんが、
神社はあの鳥居からは道がなくなったので、行けない。
神社は今通ってきた車道の左側だと教えてくれる。
お礼を言い、先ずは海に面して建つ鳥居まで行く。
鳥居をくぐって少し山道を進むが確かに、人が通った形跡が無い。
道路にもどり、道路から神社に入り、参拝。
実は、比奈麻治比売命神は安政二年(1855)に現社地に移されたのだ。
かって、有った社地へ行ってみたかった。
不思議な言い伝えがあるのだ。
説明看板によれば六国史に延暦(799)遣渤海使内蔵宿禰賀茂麻呂が任を終え、
船で日本に帰る際、夜、その針路に迷った時、遠くで火光を見る。
そこを目指すことで浜に辿りつくことが出来た。とある。
そのことから隠岐国初の官社となった。
かっての本殿跡には磐座が見える。とある。
ただ、その旧社地までは現在地からさらに4kmほど山を進み、
裏側の海のはたまでいかなけれならない。
マムシもいるしね。今回は諦める。
焼火神社の宮司さんにかってはどうやってお参りしたんでしょうかね。
と尋ねると、海からお参りしたんですよとの簡明なお答えであった。
そうだよな。日本の古い神社のかなりの割合が海から入ってお参りした。
というのが、私のかねがねの考えだ。

真気命神社(まけのみことじんじゃ)
風が強く吹きつける海岸沿いの道を別府の方へ歩いて戻る。
この辺は丁度、南西強風を受け、波が白く泡立って海岸にせまってくる。
かなりの風と波。
40分位歩いた所で、海岸に鳥居がたっているのが見える。
ここが真気命神社参道入り口だ。
今日来た神社は両方とも、海沿いに最初の鳥居がある。
海から参拝する神社なのだ。
細い、コンクリートで舗装した細い道を森に向かって緩やかに登る。
石段の上に拝殿、本殿。参拝。


写真:
・海神社、拝殿
・海神社の後を振り向くと海と対岸の中ノ島
・大山神社拝殿
・大山神社の神域
・比奈麻治比売命神社、本殿
・海からの参拝を示す鳥居
・真気命神社本殿
・真気命神社の海岸に建つ鳥居

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