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2014.9.15(月)
関門海峡を抜け、瀬戸内海に戻って来ました。
瀬戸内海の東の端、田野浦を6月15日に出港、関門海峡を抜け、日本海へ、。
今日、9月15日、関門海峡を経て、田野浦へ。
田野浦着と言うより、帰って来ましたと言った気分ですね。
3ヵ月日本海と九州にいたことになります。

食材仕入れで門司港まで行ったところで、
そういえば向こう岸の下関へ行ったことがない、4時過ぎだったが、行こうと決める。
20分おき位で船が出ている。片道400円。10分ぐらいで着く。
巌流島に寄る事も出来る。
巌流島と言っても、若い人はしらないかな。
宮本武蔵と佐々木小次郎が一騎打ちをした場所だ。
いつも、関門海峡を通過に専念していて、巌流島に思いを馳せる余裕が無かったなー。

門司港トイメンの地名は唐戸。
先ずどこを見るべきか観光案内の人に聞くと,
先ず、赤間神宮。次に亀山八幡宮。いろいろな歴史ある建物もあるが、もうすぐ閉館。

赤間神宮:
関門海峡を緊張しながら通過する時下関側に朱色の中国風の巨大な建物が見え、
いつもあれはいったい何なのか、と思っていたあの建築物だ。
あれは竜宮をイメージしたものであった。
関門大橋の東にある壇之浦の源平合戦で平氏が敗れ、
水中に没した幼い8歳の安徳天皇を祀った、当初は墓所。
後に神社となる。
参拝、御朱印拝受

亀山八幡宮:
貞観元年(859)の創建と伝えられる古社
参拝、御朱印拝受
かっては全体が島で廻りは海であった。

驚いたのは、金子みすずが住み、詩を作った主たる地はこの下関、唐戸であった。
死の前日に撮影した記念写真の写真館もここであった。
仙崎は生まれ育ったところなのだ、仙崎を2度訪ねた私には感慨あり。

歴史的建築物は閉まってしまったので、門司へ。
食材を仕入れ、艇に戻る。

写真:
・赤間神社
・亀山八幡宮
・下関のウォーターフロント
・田野浦に舫うECHO POINT

遠賀芦屋→田野浦 23.6マイル
2014.9.15の関門海峡転流時は10時42分。
関門大橋の2マイル弱手前を転流時に設定。
遠賀芦屋から20.6マイル。約4時間前スタート予定。
遠賀芦屋港でアンカーを上げようとするが上がらない。
これは想定範囲。台風や強風の後はアンカーが深く食い込み、手では上がらない。
双綱を引っ張っても上がらない。水深が深く無いので、鎖まで上がって来ている。
ウインチに掛けられ無いので、双綱をウインチに巻いて引っ張る。抜ける。
無理に手で上げようとした。腰に負担がかかり過ぎる。今度は直ぐウインチを使おう。

転流後は逆潮となる。それまでは連れ潮。
港内でメインを上げ、赤燈台を余裕を持って6時13分通過。20分早い。
遅くならない様、早すぎ無い様、調整しながら進む。
私は計画航路のWAYPOINTG毎に予定通過時間を書いてある。
それぞれの地点を20分ほど早く通過。
関門海峡入口でセイルは降ろす。
特に潮をかんじなかったが、一番南のUの字部分から潮の影響を受ける。
波も悪くなる。
今回は大橋を抜けるまで波が悪かった。
結局、関門を抜けてしまった後で転流を迎えることとなった。
転流後、逆潮になる場合はこの様に転流直前に関門海峡を抜ける方が良いかもしれない。
田野浦に仮舫い完了。11時10分。

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