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2016.5.23(月)
熊野本宮大社へは新宮から出発する。
バスで70程かかるが、50分で行く特急バスがある。
途中を飛ばすだけなので、得に特急料金が掛かるわけではない。料金1540円。
右に熊野川を見ながら進むので、進行方向右の座席に座るのがベター。

前に立ち、驚くのは社殿が3つズラッと並んでいる。
左の一番大きいのは夫須美大神(フスミノオオカミ)と速玉大神(ハヤタマオオカミ)の2神が祭られ、拝所も2箇所ある。
中央は主神の家津美子大神(ケツミコノオオカミ)(スサノウノミコト右手は天照皇大神(アマテラスオオミカミ)が祭られている。
看板でお参りする順番が書かれていて、先ず、中央、次に左の右側、次に左の左側、次に右の天照皇大神。

熊野本宮にお参りするに際し、最も重要なことは旧社地への参拝だ。
現在、社殿があるのは明治22年の洪水で移築してきた場所なのだ。
後鳥羽院が33回、その他皇室が多数お参りし、庶民も数多くお参りしたのは別の場所なのだ。

私は霊地に対して、ひと(他人)に無い能力がある。
由緒ある神社や寺は地図を見なくても遠くから眺めてその場所がわかる。
大昔、由緒ある寺社を立てるに当たって、何処にしようかと、
その場所を選んだ者は霊地を見極める能力があったのだ。
今は人が行き来するが、大昔、一体どうしてこんな山奥なのに神社を寺を建てたのだろうと疑問に思う。
いや、遠いことも含めて、そこを選んだものは、そこが霊地であることを見抜く能力を持っていたのだ。
20年ほど前、初めて熊野本宮に参拝しようとして社殿の前に立ったとき、
ここは熊野本宮では無い、本宮であるはずが無いと直感した。
神官かに尋ねたのだろう、明治22年の洪水後、高地であるこの地に移されたと言われる。
すぐ、川に沿ったその地へ行く。
ただ石垣で一段高くなった藪のよう場所に半分朽ちた塀が続いていた。
しかし、そこが霊地であることが深深と伝わって来た。
人気も無く、訪れる人も皆無といった状況であった。
ところが、今回訪れて驚いたことに、この旧社地は大斉原(おおゆのはら)と名づけられ、
日本一とうたっている大鳥居が建設されていた。
本宮説明パンフにもページを割いて説明されている。
だれも知らず、振り向く人さえいなかった旧社地が今や、パワースポットとして大変な関心を集めていると知る。

今回訪れてみると、かって薄暗かった、さびしい場所は、
きれいに聖地され、江戸時代に描かれた、中洲の中に立つ壮大なかっての本宮の絵が紹介されていた。

皆さん、本宮に参拝される時は、旧社地、大斉原(おおゆのはら)を訪れることをお忘れなく。

本宮では本殿に直にお参りする。
拝殿は無い。
と思っていたいたところ、前に一棟、やや小ぶりの拝殿らしきものがあった。
社務所に尋ねたところ、3つある本殿に対し、拝殿は一つで祈祷、厄除け等はこの拝殿で行う。
たぶん、本宮では、もともと拝殿は無く、新しく建てたものではないか。

写真:
・熊野本宮大社
・一番大きい左の社殿
・本宮入り口
・知らない間に建てられた日本一の大鳥居
・かっての社地に建てられた墓の様に見える二基の祠。中四社と下四社の神を祭る。
・江戸時代に描かれたかっての熊野本宮の姿
・本宮、御朱印

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