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湯川、諏訪神社参拝

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2017.6.6(火)
那智駅からJRで3つ目、那智勝浦の次の駅が湯川。
地名の様に、温泉地。
この地の有名温泉施設の説明には1500年の歴史があると記載されている。
勝浦駅の壁面に描かれた絵には湯川王子と描かれている。
湯川に、かっては熊野詣の王子があったのだ。湯川が熊野古道なのだ。

今日は、湯川を訪れるので、地図で調べると「湯川 諏訪神社」がある。

午後、3時ごろ湯川駅に降り立ち、この地の温泉をチェックしながら行き過ぎ、20分程歩く。
たまたま居た人に、この辺に神社がありますか、と聞くが知らない。
何人かに聞いた後、地元の人で、すぐそばにあると教えてくれる。

芦の様な植物が広く敷き詰められた中を通る細いあぜ道の先に、
少し小高い山と森があり、石の鳥居が見える。

鳥居をくぐり、階段を登り、参拝。
拝所の奥に白木の本殿。

この小山の森の周りは広く芦の様な植物がひろがっている。
人家とは全く接していない。
多分、昔か今も季節によっては一面水面となるのではないか。

写真:
・神社名
・諏訪神社全景
・拝所
・本殿
・本殿側面
・同じく本殿側面

和歌山県、神社庁のWEBサイトより
「湯川諏訪神社の創立については鎌倉時代と伝えられていますが、本社所蔵の書類・器具の銘に因れば弘化・安政・文政・萬延・慶應の記録がある。
安政6(1850)年の表示のある木製の御むし飯供用の小箱2個残っていて、小道具であるが150年の昔が偲ばれる。
現在の社殿は大正3年7月始めて建てられたが、以前は長野の諏訪神社と同様4本柱の中に御神体をお祀りしていた。
湯川諏訪神社の祭神は建御名方神で大国主の御子神であると伝えられ、長野の諏訪神社を本拠とする分社で、那智勝浦町内で5社が鎮座しているが、昔太円村に迎えられた神を当時太田領であった湯川へ分社したのが湯川諏訪神社である。
主神建御名方神の他に罔象女神・天御中主神・五帝竜神が合祀されている。
湯川は安政の頃は現在鎮守の森周辺まで入海であったと伝えられ、近くの川底には貝がらがついているのが見られる。
それで農耕の神・温泉の神・海の神を祀られた由来と伝えられている。
本祭は7月15日で、昭和の末期までは獅子神楽も盛んで宵宮祭から本祭りにかけて地下中門舞を行っていたが、代子の高齢化と若衆の都会への転出によって現在は神楽の道具だけがお宮の納戸に残っている。
鳥居修理記録
一、弘化4(1847)年未10月吉日 神主 新十郎 庄屋 今助 世話人 幸兵衛 〃 喜十郎 〃 長右衛門
一、慶應2寅(1866)年6月 神主 伊右衛門 世話人 庄兵衛 〃 儀右衛門
一、明治3年午11月 神主 儀右衛門
幟寄進
一、萬延元(1860)年申6月 世話人 彦四郎
一、天保13(1842)年寅6月吉日 世話人 長右門 六郎
一、文政3(1820)年9月吉日 世話人 茂吉 清六
拝殿増築
一、昭和55年7月 総代 生駒三男 〃 奥地得一郎
本殿廊下修理
一、昭和40年2月 総代 浜崎康」

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